ナチュラル→ボーン←ヒーロー



ざあああ、と砂を撫でる波の音が聞こえる。陽が傾いてかすかに赤みがかった空を眺めながら、私はいつかの海浜公園に一人で来ていた。

今日は別に、走り込みとかトレーニングとかそういうことをしに来たのではない。普通に電車とバスを乗り継いで、ただ、用はないけど、来てしまった。
人気のない公園で水上ガゼボに一人で立ちすくんでただじっと水平線を見ていると、なぜか夕陽が目に染みて涙が滲んでくる。

そんな時、背後から砂を踏む足音が聞こえてきた。振り向くと、相変わらず海岸の似合う彼の姿。

ああ、やっぱり、来ると思った。

「緑谷くん!」
「!?」
いきなりの呼びかけにビクッと肩を震わせてランニングしていた足を止め、きょろきょろ辺りを見回す彼に大きく手を振るとこっちに気づいたらしい。

小走りでガゼボに上ってきた彼にひらひらと手を振る。
「やっほー緑谷くん」
「乱架さん!?こんにちは、どうしたの、また走り込み?」
「ううん、今日は電車できたよ」
「何かこっちの方に用事?」
「うんにゃ、特に用ってわけでもないんだけど…」
緑谷くんに会いたくて、と笑ってみせると彼はただでさえ大きな丸い目を見開いて、直後に真っ赤になって挙動不審になりだした。おもしろい。

「ここに来たら会えるんじゃないかなーって思ったんだよね、やっぱり来てくれたね」
「えっと…そ、そんな、連絡してくれたらいいのに…」
「んーん、会えなくってもそれはそれでよかったんだ、会えたら会いたいなー、みたいな…特に用事らしい用事ってわけでもないし」
「明日も学校で会うじゃない…?」
「そうなんだよね、でもなんか唐突に緑谷くんに会いたくなってさ…こういうの、変かな?」
「い、いや…えっと、よくわかんないけど…嬉しいよ」
緑谷くんは焦りながら頭を掻いて、その度にボリュームのある髪の毛がもさもさと揺れるのがなんだかおかしかった。手すりに腰掛けて、隣に座るよう促す。
「迷惑じゃなければ休憩がてら、おしゃべりに付き合ってくれないかな」
「迷惑なんかじゃないよ、僕でよければ…喜んで」


「いっつも思ってたんだけど緑谷くんってさ、『僕でよければ』とか体育祭前轟くんと話してたこととか色々、なんか自己評価低くない?」
「えっ…い、いや、僕ほんとに、そんなすごいやつでもなんでもないし」
「……アレじゃない?爆豪くんとずっと一緒にいて貶され続けてきたから、自分はダメなやつだーって思い込んでるんじゃない?」
「そんな、だって中学まではみんなに馬鹿にされてて…それこそこんな風に、女子と話したことなんてなかったし」
「えっ、そうなの?緑谷くんモテモテだったのかと思ってた」
「なんで!?」
「だって、緑谷くんかっこいい」
「えっ!?えええええ!?」
「ええ?」
そんな驚かなくたって。あと顔すごい真っ赤だけど大丈夫?

「かっこいいし、すごい奴だよ、緑谷くん」
「いや、そんな…」
「他者の評価は素直に受け取ったほうがいいよ?中学の時どうだったか知らないけど、私は緑谷くんのこと、好きだなあ」
「すすすすすす!?」
「違う、そういう意味じゃない」
ドバドバと汗を流して慌てる緑谷くんにすかさずフォローを入れる。本当にこういうの、慣れていないんだな…

「でも実際緑谷くんモテてるじゃん、お茶子ちゃんとか梅雨ちゃんとか…あとサポート科のピンクの子ともフラグを見たよ」
「ふ、フラグって…いや、麗日さんも蛙す…っゆ、ちゃん、も、友達だし…発目さんとはオタク仲間っていうか」
「ふぅん…」
「乱架さんこそモテるでしょ、障子くんとか尾白くんと、その、乱架さん的に言うと、フラグが…あと上鳴くんともデートの話が」
「緑谷くんいつも障子くんの名前出すね!そういうんじゃないって!緑谷くんがお茶子ちゃんと仲良しなのと同じ感じだよ」
「ああ、そういう…」
「それに私モテないよ、中学の頃とか、私も男子に馬鹿にされてて…」
思い出すのは中学時代の級友の顔。私をMG(曰く、マウンテンゴリラの略)というあだ名で呼ぶ声がこだまする。

「えっ、どうして…乱架さん可愛いのに」
「は!?」
脳内をSMASH!!という文字列が駆け抜けていった。それまで脳内をぐるぐると回っていた憎たらしい顔が緑谷くんの一撃で吹っ飛ばされたようなイメージがはっきり浮かんだ。
そしてスマッシュされて余計な思考が綺麗さっぱり消え去ったまっさらな脳みそに、今度は「可愛い」という爆弾が投下されて、私の頭部が大爆発を起こす。
目を見開いて緑谷くんを凝視する私の、ブスブスと蒸気を発する顔を見て彼もまた顔を赤くし始めた。

「い、いや!ごめん!その、変な意味じゃなくて…あっでも乱架さんが可愛くないとか言ってるわけじゃないよ!?可愛いよ!乱架さん可愛い!!」
「なっ…待、みど、緑谷くんあの…やめて…!」
「ご、ごめん…!」
可愛い可愛いと連呼する緑谷くんの必死な姿は滑稽だったけれど、マウンテンゴリラからの「可愛い」連呼は私には刺激が強すぎた。お互い真っ赤な顔で俯いて、それ以上なんと言っていいのか分からず会話が途切れてしまう。


なんとなく居心地が悪くて手持ち無沙汰に海を眺めると、水平線に陽が沈み始めてオレンジ色の光が眩しいほどに目を刺した。
「わ…綺麗」
「ああ…本当だ、いつも見てるからあんまり気にしてなかったけど…」
「私の地元って山ばっかりだから、日が沈むところってあんまり見たことなかったんだよねえ」

きれいだね、ともう一度口に出すと同時に、こぼれた涙が頬を伝った。
「え!?ななな泣いてるの!?」
「え…あー…夕陽見てると涙出てこない?生理的にというか、なぜか」
言い終わるか終わらないかのうちに緑谷くんの手が伸びてきて、頬にそっと触れた。優しい手つきで目尻を拭われる。
「…泣かないで」
「お、おおぅ…」
夕陽に照らされて私を見つめる彼の表情に、図らずも心臓が跳ねた。
緑谷くんは比較的童顔で可愛い顔立ちをしているけど、ふとした時に男の子らしいかっこいい表情を見せる時があって、不意討ちにドキッとしてしまう。惚れてまうやろ。

「あの…緑谷、くん…」
「ん?」
「その…この体勢は、ちょっと…」
両手で頬を包まれて、私の顔を覗き込むように顔が近付けられている。傍から見れば、これから口付けを交わそうとしているカップルとしか思えないだろう。
距離が近くて恥ずかしいのだが、顔を逸らせないのでに苦し紛れに身をよじると緑谷くんはハッとして飛び退いた。
「……わああああ!!ごめん!!ごめんなさい!」
「うん…何か間違いが起こるのかと思ったよ…」

両手を顔の横に挙げたポーズのまま何度も謝る彼の、その右手にふと目が留まった。左手とは形の違うその手がやけに目について、そっと触れてみる。
「うあ!?」
「…手、」
「ああ…この手ね」
体育祭の無茶で、砕けて歪に変形してしまった右手。ミミズ腫れのように走る生々しい縫合跡を指でなぞると、肉が盛り上がった部分はつるつるとした肌触りがして、剥き出しの肉に触れているような感覚に背筋がぞくりとした。

「緑谷くん、私ね、緑谷くんが怖い」
「え…」
「体育祭で、轟くんと当たったとき、何度も自分で指砕いて、ボロボロになってさ…あんなの、普通できないよ」
歪んだ右手を隠すように両手で挟み込んでみたけど、緑谷くんの方が手が大きいから完全には包めなくてはみ出してしまう。私では、彼の傷を覆うには足りないのだと言われているみたいだった。

「怖い。緑谷くんはいつも、誰もできないようなことを平気でやっちゃってさ、かっこいいし、尊敬できるけど…たまに、簡単に自分を壊してさ……自分なんか、って思ってるのかもしれないけど…そんな、平気で、」
「乱架さん…」
体育祭での緑谷くんの姿は本当にショックだった。自分の体を使い捨ての道具のように扱う彼は恐ろしかったし、悲しかった。今度こそ本当に涙がこみ上げてきて、涙混じりに訴えると緑谷くんは困ったように眉を下げた。
おかしいな、こんな話がしたかったわけじゃ、ないのに。

「体育祭の…轟くんとの試合では、自分でもバカなことをしたと思ってるよ…あの時は、ただ、感情に任せて…何も見えなくなってたんだ、先のことも考えてなかった」
「それは、わかるよ…緑谷くん、なんだか必死だった」
「うん…でも、すごく皆に心配されて、先生達からも怒られて…もうあんな無茶はしたくないよ」
「しない」じゃなくて「したくない」と言った彼は、きっとこの先も誰かのために簡単に自分を犠牲にしてしまうんだろうな、と思った。同時に、それを止めることは不可能なんだろう、と確信めいた予感もした。
多分、彼はそういう人なのだ。

「緑谷くんは、根っからのヒーローなんだね」
「そ、そう、かな?」
「誰かのために一生懸命になれる、超カッコイイヒーローだよ」
「……!」
「でもね、そのヒーローにはファンがいるってこと、忘れないで」
怪我とかしたら心配するファンが、ここにいるんだからね?と笑ってみせると、緑谷くんは少し驚いて、少し嬉しそうに光栄だよ、とはにかんだ。

「誰にも心配をかけないような、頼もしいヒーローになるよ」
「うん、応援してるよ!あ、もちろん私も負けないくらいすっごいヒーローになるけどね」

夕陽は既に水平線に沈みきり、紫色に染まる空には一番星が輝いていた。



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リクエスト「乱架とデクの絡み」でした。
「言うだけタダ」に反応してアツいコメントを残してくださったアツいお方に捧げます。
この人乱架のことめっちゃ好きだな!と嬉しくなったと同時に、あまりのテンションにこの人大丈夫かなと心配になりました(褒めてる)。
しかし「萌えコンビ」「最上級の初々しさと萌えを届けてくれるに違いない」「秘密の花園の如く」とかなんかすごいハードルガン上げしてくるなあと思いつつビクビクしながら書いてました。こんなもので大丈夫でしょうか。まだビクビクしてます。
書いてて気づきましたけどこいつら似てるから話進まないんですよね、2人共同じリアクションして会話が途切れて終わってしまう。どちらかがツッコミもしくはボケに徹してくれたらやりやすいのですが。
そして私は緑谷出久に対してあまり妄想が働かないというか、彼は彼としてそこに存在しているだけでなんかもう素晴らしいなって悟りの境地に達しているような感覚で、原作読んでたらそれで満たされてしまうんですね。私はデクも相当好きです。
ほかのキャラにも言えることですが、私にはどうしても彼のすばらしさを表現するだけの技量がなくて…こんなお粗末なものになってしまってほんと、すみません…でも愛は込めました。
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