ナイト・トゥ・リメンバー



ぽかんとして目の前の手のひらと彼の顔を交互に見つめる。え?誘われた?目蔵くんに?目蔵くんそういう柄じゃないでしょてか踊れるの?とか思ったけど、まあ、断る理由もないし。
「…いいよ?」
彼の手に自らの手を重ねて、広げられた身体に飛び込む。後ろから「オオォオッ…!」とクラスメイトの野太い歓声が聞こえたけど、このくらい普段からやってるのに何を今更。

「お、」
フロアに出たときに始まった曲は私の好きなダンスナンバーで、ちょっとニヤッとする。
「…Ay,que fabulosa!」
楽しくなってきて口ずさむと目蔵くんが少し驚いていた。それよりも目蔵くんが普通にステップを踏めていることに私が吃驚なんだけど。

「♪Blow them all away……目蔵くん踊れたんだ、意外」
「誘っておいて踊れなかったら格好悪いだろ」
「そうだけどね…でも、楽しいよ、ありがと」
フロアに出ると嫌でも注目を浴びる。ちょっと恥ずかしいけれど、踊ってみたらかなり楽しい。多分彼に誘われなかったらずっと1人でみんなの写真撮ってニヤニヤしてお料理食べて帰るだけだっただろうし。いや、それでもきっと楽しいのだろうけど。


1曲踊り終わって、手を引かれてギャラリーエリアに戻る。短い曲だったけど、すごくテンションが上がって楽しかった。もう少ししたらあと1度くらい踊りたいな…
「乱架」
「ん?ッドゥエッ常闇くん!?」
背後から声をかけられて普通に振り返ったら燕尾服が最高にかっこいい常闇くんだった。変な声出ちゃったじゃドゥエって何なんなのわたしドゥエって死にたい助けて常闇くんに聞かれるなんてていうか常闇くんが私に話しかけてくれるとかなにアッこれ夢かな?
「今の、見ていた」
「えっあっ…やだ、恥ずかしいな…変じゃなかった?」
途端にしおらしくなる私に、目蔵くんが複製眼を細めてじとっと見てくるのが視界の端に見えたけど、何か言いたいことがあるならハッキリ言え。

「ああ、婉美で…見蕩れていた」
「んびっ!?」
少しうっとりとしたように目を細めて言う彼は、きっと私の姿を思い返しているのだろう。や、やめてくれ!忘れて欲しい!はずかしい!
「あ、の、その…」
恥ずかしくなってつい顔に手を置いてしまう。少し汗ばんだ手はひやりとしていて、顔の熱を吸い取ってくれた。

そんな私を見て少し笑った(ように見える)常闇くんは、燕尾服の胸元につけられていた赤い薔薇のブートニアを1輪抜いた。満開のそれが抜かれた胸元には小さな蕾が2つだけ残されている。造花かと思っていたけど、なんと生花らしい。それをそのまま、私の髪に、挿した。
「っ!?」
「乱架…次は、俺と踊ってくれませんか?」
「ぇ、えええっ…!?」
幻聴が聞こえた、と思ったけど、ジト目で私を見ていた目蔵くんの目がこれでもかとかっ開いているし、周りの皆も吃驚した顔をしているので、多分私の妄想による勘違いではなさそうだ。
顔を押さえる私の手を流れるような動作で手に取り、私の前に跪いて頭を垂れた。

こつん、と手の甲に固いものが当たる。それが彼の嘴だと気付き1拍遅れて、唇のない彼の嘴を当てられたこと、つまりこれはキスだと思い至る。瞬間、呆けていた私の顔面、どころか胸元あたりまでが一気にボッ、と真っ赤に燃え上がった。
「……!?…ッ、!!?ッ、ッ…!?」
口をぱくぱくとさせ、腰が砕けて倒れかける私の背にさっと手を回して支えてくれる常闇くん。けど、そのせいでぐっと距離が縮まって、既にいっぱいいっぱいの私の脳がキャパオーバーを起こしている。

追い討ちをかけるように、真っ直ぐな視線に射止められて甘く囁かれる。
「Shall we dance?…レディ」
芝居がかったキザな台詞も動作も、彼がやると全然不自然じゃなくてかっこいい。こんなの、断る方が無理だし、断るという選択肢は最初から存在していなかった。
「…ょ、喜んで……」
既に重ねられていた手をぎゅっと握ると、彼は今度こそ笑って私をダンスフロアへ連れ出した。

フロアに流れる曲はさっき踊ったのとはまた違う趣のしっとりしたナンバーで、カップルがぴったり体をくっつけてステップを踏むいわゆるガチの社交ダンス。さっきの曲よりずっと密着度が上がって、もう、いろいろ、限界です…!!
小柄な常闇くんと私は身長にあまり差がないために、正面を向くとドアップで彼の顔が視界に入るのが耐えられない。俯きがちで踊っていると少し沈んだ声がかけられた。

「…やはり、俺とでは不承だったか」
「…え!?いっいや!そんなことないよ!」
「障子と踊っていたときは楽しそうだった」
「違うのっ、楽しくないとかじゃなくって…その…は、はずかしい…」
「俺とカップルで踊るのが、か?」
「違っ、そうじゃなくて、そうじゃないわけじゃないけど…そのっ」
常闇くんと踊るのが恥ずかしいとかじゃなくて、いやそうなんだけどそういう意味じゃなくて!と自分でも何が言いたいのかよくわからなくなってきた。

「わっ、私、常闇くんにその、すごく憧れて、て…!今、緊張してっ、はずかしいの…」
「憧れ?」
「んっ…常闇くん、すごくかっこいいから…わ、私恥ずかしくって…まともに顔見れない…ごめんなさい…せ、せっかく誘ってくれたのに…ていうか、なんで私なんか誘われたのかなって!夢かな!?」
「……乱架、俺は、こういうのは不得手なんだ」
「エッ、あ、そうだよね、あんまりその、こうやって踊るようなタイプじゃないよね…?」
誘い方や所作は完璧にかっこよくやってのけるけれど、そもそも彼はこういうきらびやかな場所は苦手そうなイメージがある。
一度身体を離して、くるっとターン。空いた手でくい、と下を向いていた顎を持ち上げられて、目線を合わせられる。

「だが…乱架となら、踊ってもいいと、…踊りたいと思った」
「えっ…」
「障子と踊るお前を見て、美しいと思うと同時に、嫉妬していたんだ」
「と、こやみくん…その、それって…」
「ありがとう、楽しかった、由有」

曲が、終わる。最後の音がフェードアウトしていく瞬間、頬にこつん、とまた嘴の感触がした。
「とこっ…ふ、ふみ、かげ、くん…!?」
フッと笑って、彼はそのまま離れて行ってしまう。不意に黒影が小さく顔を出してぶんぶんと手を振ってくるのを見送って、さっきキスを受けた頬にそっと触れてみる。

「……〜〜〜〜〜ッッッ!?!??」

踏陰くん、それって、それって、どういう意味ですか!!


そのあとは美味しい食事もろくに喉を通らなかったし、帰ってからも目が冴えてしまって全然眠れなかった。
嘴の触れた部分の感触がずっと尾を引いていて、その時のことを思い出しては叫び出したくなり布団の上でバタバタするというのを夜中じゅう繰り返して1人で悶えていた。
今夜のことはしばらく忘れられなさそうだ。
少なくとも、大事に飾った1輪の薔薇が枯れてしまうまでは。


(百ちゃん!生花を長持ちさせるのってなんかなかったっけ!?)
(ドライフラワーやプリザーブドフラワーなどがありますが…)
(作り方教えて!)



-----
リクエスト「番外、雄英ダンスパーティーで障子か常闇落ち」でした。
ダンスパーティー…!?なにそれ天才か!って思ったんですがヒロアカの二次創作ではそういうの結構見かけて、もしかして私が知らないだけでエリート高校生はダンスパーティーに縁があるものなのかと愕然としました。そんなことないと思いたい。
興奮してまず女子全員のドレスのデザインから入ってしまった大馬鹿です。お洋服描くの好きです。
学生のダンスパーティーつったらまあプロムだよな…というわけでHSM3の「A night to remember」の動画をずっと見ながら書いてました。ちなみに障子くんと踊ってたのは「Bop to the top」で常闇くんと踊ってたのは「Can I have this dance」のイメージです。ぜひ1度動画を見て頂いてから読んでもらえるといいかもしれません。
でもその雰囲気に引っ張られて書いてたので文章として不完全燃焼な感じも否めません。むぬぬ。
別になんというわけではないですが、2つの蕾に満開の花が1輪ある薔薇の花言葉は「秘密」、赤い薔薇の蕾は「愛の告白」、赤い薔薇は「愛情、美、私を射止めて」などですね。別になんというわけではないですが。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -