失恋ソングと解釈違い



「キスしていいか」

「は?」

唐突。本当に唐突に、彼の口から放たれた言葉。
あまりにも突拍子がなさすぎて、理解するより先に私の脳内を「いつも通りのある日のこと…」と有名なアニソンが再生された。


最初はもにゃもにゃよくわからないことを言っていたが、何度か招くうちに慣れたのか今では普通に私の家に遊びに来るようになった。一度ご飯時にやってきた彼に一緒にいかがですかと食事を振舞ってからは味をしめたのかその頻度が上がって、最近ではご飯時に狙ってやってくることが多い。
何も言わないけど、私の料理を気に入ってくれたのだろうか…私もひとりのご飯はさみしいので結構ありがたかったりする。

今日もいつものように狙いすましてやってきた彼と昼食を共にして、お茶を飲みつつ狭いソファで2人並んでそれぞれ本を読んでいた時の、これだ。
「ど、どうした目蔵くん」
体育祭が終わって少しした頃に、お互い名前で呼び合うようになった。クラス内で彼の下の名前を呼ぶのは今のところ私だけだ。
「いや…今、ふとしてみたくなっただけだ」
「してみたくなっただけだじゃねえよ」

本当にどうしたんだ。あくまでもいつものように低いテンションを崩さず冷静に答える目蔵くんに、頭でも打ったのかと心配になる。
「なに?男の子にはふとしてみたくなる時期とかがあんの?」
「いや、なまえを見ていたら唐突に」
「意味わかんないです、なんなの目蔵くん私のこと好きなの?」
「ああ、多分」
「…え」
冗談で聞いたのに、普通に肯定されてぽかんと口を開けたまま固まる。ていうか、多分って。

「わかった、俺はなまえが好きらしい」
どこか納得したように結論づけて私に向き直った。え、ちょ、納得しないでよ私はまだ理解が追いついてないんだよ。
「す、好きってその、ライクではなく」
「愛してるの方だ」
さらっと「愛してる」なんて言ってのけられてドキッとした。多分、顔が赤くなってる、と思う。高校生になってから気づいたことだが、私はどうも赤面しやすい質らしい。
いや、こんなこと言われたら誰だって照れるだろう。うん。

「だから、キスしていいか」
「や、ちょ、ま、あのあのあの」
じりじりと私に迫ってくる目蔵くんに後ずさり、目を逸らして赤くなった顔を隠すように目から下を持っていた本で覆う。
「なまえは、俺のこと好きか?」
「や、あの、大好きだけど…その、それはあ、愛してるとか、その、そういう意味ではなく…」
「じゃあ、俺にキスされるのは嫌か」
「えっ、と……」
「嫌なら、しない」

目蔵くんにキスされるのは、どうなのだろう。少し考え込む。
嫌、だとは思わないけれど、かといってはいどうぞと簡単にさせられるものではない。
「い、嫌、じゃ、ないけど…い、今は嫌…」
私のよくわからない答えに今度は目蔵くんが考え始めた。私はといえば迫られて後ずさり、ソファの端っこに追いやられてしまった中途半端な体勢のままである。ちょっと腹筋がつらくなってきた。

「俺にキスされること自体は嫌じゃないのか?」
「えっと、う、うん…」
「それはつまり、なまえも俺のことが好きなんだろう」
「え……そう、なのかな?」
「違うのか」
「えっと…よく、わかんない…」
人を好きになるとか恋をするだとか、正直なところどういうものかよくわからない。目蔵くんのことは確かに大好きだし、キスされるのだって別に嫌じゃない。
でもそれは、百ちゃんとかクラスの皆を好きだというのとどう違うのだろう。

「私、これがどういう好きなのか、わかんない」
「…じゃあとりあえず、してみないか」
「な、なんでそうやたらとしたがるのかな…」
「してみたら、わかるかもしれないだろ」
「…わ、私、はじめて、だから…その、そう軽々しく…」
「俺も初めてだ」
「目蔵くん初めてなのに『ふとしてみたくなったから』やっちゃうの!?」
「いいだろう、俺はなまえが好きなんだから」
「う…」
なんかもう、結構好き好きと言われているのに私ばかり恥ずかしいのはなぜだ。目蔵くんはポーカーフェイスで簡単に言ってのけるが、普通好きな人に好きってそんな平気で言えるものなのか。

「なあ…」
「ぁ、あぅ、」
顔を近づけられて、囁くように迫られる。それはずるい、反則だレッドカードだ退場だ…!

「…なまえ」
「〜〜〜ッ…」
もうだめだ、どうにでもなれ。このまま彼の切なげな懇願を聞くよりはさっさとちゅっとしてしまって終わらせたほうがきっと楽だ!
意を決して、半ば私を押し倒している彼を見上げた。ばちりと視線が合って、恥ずかしさとドキドキが一気に込み上げる。
それでもなぜか視線は外せなくて、見つめ合ったまま手を伸ばして彼の顔のほとんどを覆っているマスクに手をかけた。

そういえば、目蔵くんの顔を見るのは初めてだ。いいのだろうか、と思ったが特に抵抗はされなかったのでゆっくりと布をずらして顔を露わにする。
あれ、普通だ。なんかすごく怖い顔をしているのかなとうっすら思っていたのだが、特に目立つところもない普通の顔で吃驚した。なぜ頑なに人前で顔を晒さないのだろう。
ぼけっと呆けて顔を眺めていると、障子くんの顔が近づいてきた。そうだ、キス、するんだっけ…

吐息がかかるほど近くに寄られて、彼の長い前髪が顔にかかる。くすぐったくて身動ぎすると、彼は無い眉を少し顰めて、髪がかからないよう角度を変えた。

ちゅっ、と、ほんの一瞬だったと思う。気づいたら終わっていた、そんな感じだった。でも、確かに触れた余韻を残す唇の感触と、離れる時にそこにかかった彼の湿った吐息に犯されるように、そこからぶわっと顔全体に熱が伝染して広がる。
「……め、めめめめめ」
「…俺の目はそんなにないぞ」
あるじゃん、6個くらい。というツッコミをする余裕も、今はない。

し、しちゃった、ほんとにしちゃった…!
うるさくなりだした心臓を押さえて、恥ずかしくてまともに顔を見れない視線はあっちこっちに彷徨う。
「……嫌、だったか?」
「そ、そんなこ、とない…むしろ、」
嬉しかったくらい、と口の中でモゴモゴしゃべると、いきなり抱きすくめられた。

「なまえ…」
「め、めめ目蔵く…!!」
「それは、お前も俺を好きだという意味で、とっていいのか」
彼の胸にぎゅっと押し付けられ、複製した口が耳元に寄ってきて問う。もう、その声も、私と同じくらい鼓動している心臓の音も、私を包み込むその腕も。自覚してしまえば、すべてが愛おしいのだった。

(ああ、そうか、好きになるって、こういう事なんだね)

「う、ん、好き、みたい…私も、目蔵くんのこと、あ、あいしてる…」
目蔵くんの背中に腕を回して、消え入りそうな声で答えた。本当に小さな声だったけど、耳のいい彼には十分だったようだ。
「なまえっ…」
「目蔵く、ぅんッ…」
「……ン」

今度は彼の本物の口ではなく、複製したもので口を塞がれた。突然のことで目を瞑る余裕もなく、むしろ驚いて結構見開いてしまっている。彼の顔は少し遠くにあって私を見つめていた。
目蔵くんとキスしているのに、目蔵くんにそれを見られているという妙なシチュエーションで、私ばかりが恥ずかしくなってきつく目を瞑った。

「ん、もう…それやだ、恥ずかしい…」
「俺は、一石二鳥で都合がいいんだが」
「……」
全く悪びれる様子もない目蔵くんに仕返しがしたくなって、腕を伸ばして彼の長い首へ回す。目蔵くんはただでさえ首が長いのに、撫で肩のせいでよけいに長く見えるような気がする。
予想外だったのだろう私の行動に一瞬こわばって、少しだけ見開かれた切れ長の四白眼をまっすぐ見つめる。ちょっとでも狼狽えればいいと、触れそうなほど顔を近付けた。
「私、こっちがいい…ねえ、目蔵くん」
「……」

驚いたようだったが、やがてゆっくりと唇が近付く。ふに、と柔らかい感触と、鼻をかすめる目蔵くんの香り。目を閉じて視界を遮断すれば、触れている部分と近くにある熱だけが私の感覚を支配する。

「……ん、めぞ、くん…」
触れたままで彼の名前を呼ぶ、自分の声が甘くとろけていて、媚びるような響きを含んでいることに驚いた。私、こんな声出るのか…!
「なまえ、煽るな…」
「…?んぅ…」

触れていただけの唇をまるごと食まれて、吸い付くように深く口づけられる。無意識にというか、生理的にというか、勝手に喉の奥からくぐもった声が漏れてくる。恥ずかしい、けど、角度を変えて何度も唇を吸われる感触に、脳みそまでとろけてしまったかと思わせられるほどの気持ちよさを感じる。
別に舌を絡め合うようなエッチなキスをしているわけではない。洋画でよく見る唇を吸うだけの軽いものなのに、どうしてこうも夢中になってしまうのか。

そんなに長くなかった。実際は何秒も経っていないだろうけど、好きなように唇を食べ尽くされて、ものすごく長い時間のことだったように感じる。自分から誘っておきながら、離してもらえた時には私はすっかりとろけきってしまっていた。

「そんな顔するな…」
回らない頭のまま、ぽーっと彼を見つめていると顔を赤くして目をそらされてしまった。そんな顔、と言われても、自分が今どんな顔をしているかなんてわからない。
というか、こんなになったのは目蔵くんのせいだ。
「だって、目蔵くんが、気持ちいいことするからぁ…」
「…っ、あのな…」

わざとならまだ良いのに…これが天然だから……などとぶつぶつ言い出す目蔵くん。よくわからないけれど、なんだかくっつきたくなったので抱きついてみたらすごく怒られた。解せぬ。




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障子くんに「キスしていいか」と言われたいだけの人生だった
@君の知らない物語
ryoさんの曲はやたらかわいいものばかりですよね

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