あかいみかく



傷ついて、少しいびつで、真っ赤で艶めいている、やわらかく熟れた果実。

「ステイン、ミネストローネとトマトクリームパスタどっちがいい?」
「ああ?」
夏の終わり、旬も過ぎた規格外のトマトが投げ売りされていたから、調子に乗って大量に買い込んでしまった。
私の手には、完熟の段階も少し過ぎてしまったようなトマトがぎっしり詰まった(おそらくいくつかは潰れてしまっている予感がする)白いビニール袋。
しかし冷静になってみると、どう考えても買いすぎた。消費できる気がしない。

そしてこれをどう料理しようかと今とても悩んでいるのだ。トマトをたくさん使える料理で、今食べたいのがこの2つ。究極の2択を前に私の脳は早々に選択を諦め、つまらなそうに新聞をめくっていた同居人に質問を投げた。

「ミネストローネとトマトクリームパスタ。」新聞から顔を上げ、こちらに視線を移した男に繰り返すと、吊り上がった鋭い形の眼孔の中でしばし黒目を泳がせたのち、「ミネストローネ」とその口を動かした。
「おまえ以前、クリームパスタ失敗しただろう」
「え!?」
「先月」
「あっ…アレはちょっと、ちょっとミスっただけよ!」

そう、先月も私はクリームパスタを作った。その際計量スプーンを出すのが億劫で、小麦粉を袋ごとフライパンに傾けたらドサッと出てきてしまったのだ。
出来栄えはダマだらけでねっとりごってりした失敗作だったのだが、あの時はちょっとしたミスをしただけであって、私がクリームソースを作るのが下手というわけではない。決して。断じて。
「ハァ…なんだっていいが、失敗しないやつで頼む」
呆れた様子で新聞に目を戻したステインにカチンと来た。

「トマトクリームだって失敗しないから!!いいわよもうパスタにするわ!」
「えっ、おいなまえ…」
ムキになって足音荒くキッチンへ向かう私の耳に、「ハァ…」と溜息が聞こえた。
彼特有の息遣いの癖かもしれないが、今の私には馬鹿にされたような風にしか受け取れなかった。


今回は面倒くさがらずにきちんと分量を計った。やがて完成した今日の夕飯のトマトクリームパスタは目論見通り、麺に橙色のなめらかなクリームがとろりと絡んだ最高の出来。ダマは発生していないし、もちろん味付けも完璧である。うん、さすが私。
ステインの前にほかほかと湯気を立たせる皿を置き、渾身のドヤ顔をしてみせる。どうだ、失敗しなかっただろうと。
しかしステインは私に「こいつアホだな」みたいな目を向けただけで、「すげえ」とか特に言ってくれなかった。なによ。褒めてよ。
そして私に失礼なことを言ったのを詫びなさいよ跪きなさいよ。

「結局どっちも作ったのか」
「あっ、うん、食べたくって」
クリームソースの出来には特に触れないまま、並べられたミネストローネを指す。
作っているうちにやっぱりミネストローネも食べたくなってしまい、小鍋を出したのだった。おかげで今日の食卓は真っ赤っかだが、料理ブログをしているわけでもなければ今更そういうことを気にするような食生活でもない。
大切なのは見栄えではなく味なのだ。

「いつも食い切れないんだから考えて作ったらどうだ」
「考えてるわよ、私の分は少なめにしてるじゃない」
私は色々と食べたがるくせに、世間一般から見れば少食の部類らしくあまり量を食べられない。だから2人前を作ったとして、その3分の2ほどは同居人の腹に収められることになる。
彼はそれを指摘しているのだろうが、ホラ、ステインは日頃から運動しているしカロリー消費も多いだろうし、うん。いっぱい食べてほしいなって、だからそんな目で見ないで。

「多かった?」
「いや、食えるが…」
「なに?中年太りでも気にしてるの?」
「違ぇ」
中年、と言ってみたものの、実のところ彼の年齢は知らない。もしかしたら若いのかもしれないし、結構いってるかもしれない。
異形っぽい顔と鍛え上げられた肉体の見た目からは、どうにも年齢が読めないのだ。
別に、彼が何歳だろうと構わないしあまり興味もない…というか知らなくても問題ないように思うから、言われない限りはこちらから聞くつもりもないけど。


思った通り、味はおいしかった。けどやっぱり少し量は多くてお腹が苦しい。
ぺろりと全部平らげて平気な顔のステインは、たまに違う人種なのではないかと思う。
動きたくなくてゴロゴロしていたら、「旨かった」と声をかけられて跳ね起きた。

「…あ、え、っへへ」
当たり前じゃない、の一言でも言ってやればよかったのだけど、その時の私はただこみ上げる嬉しさにニヤニヤ頬を緩めることしかできなかった。
彼は時たまデレるというか、私を喜ばせる嬉しいことを言ってくれる。
一般的な観点から言ったら大したことではないかもしれないけど、相手は朴念仁世界選手権代表のステインだし、私は密かに彼にメロメロなので何気ないようなことでもその破壊力たるや、凄まじいものだ。

嬉しくて「んっふふふふふ」とクッションを抱きしめて床を転がりまわっていると脇腹を土踏まずでぐりぐりされた。
ちょっと気持ちよかった(マッサージ的な意味で)けど「柔らけぇ」とは心外な。
「そんなにお肉はついてない筈よ」
「だろうな。薄っぺらい」
それもどうなの。
「ハァ…もっとしっかり食え」とさっきとは逆のことを言われたけど、私はお腹が苦しくなるほど食べたばかりだ。
腹いせに寝っ転がったまま脚を伸ばして、つま先でステインのお腹を触ってみた。きれいに割れた腹筋が隙のないほどカッチカチに引き締まっていて、心配しなくとも中年太りとは一生無縁そうだった。ちくしょうかっこいい。好き。

赤い実がはじけた、なんて陳腐な言い回しだけれど、こうしょっちゅうパチパチとさせられては(私が勝手にしているのだが)こっちの身がもたないような気がしてくる。いちいち私を惚れ直させるのは勘弁して欲しい。
「もう!どうしてステインはいつもそうなの!」
「!?なんだ急に」

いきなり叫び出した私が怒ったのかと思ったらしく眉をひそめたステインだったが、膝に乗り上げてぎゅうと抱きつくと抱き締め返してくれる。
ぱちんぱちん、胸の奥で弾ける音がする。ああ、もう、好き、好き!




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ステインさんにメロメロ彼女とステインさんがぐだぐだ日常を過ごす感じの夢小説が読みたいから書きました。
かわいいひと(R18/見なくても大丈夫です)の彼女と同じ人


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