ほねぬきテクニック



「ん…んん…」
気持ちいい。手がぽかぽかする…?


雄英に入学してからの日々は、ただただハードだった。一般教科の勉強に加え、ヒーロー情報学、ヒーロー基礎学、そこでの訓練、訓練、訓練。
中学校までは日常的に必要以上の個性は使わなかったし、全力を出す機会もまずなかった。雄英では毎日のように思い切り個性を使って仲間と切磋琢磨できる。そのことには喜びもあるし何より充実していたが、慣れない個性を連日にわたり酷使した私はとにかく疲れていたのだ。
だから、今日は戦闘訓練の終わった放課後に少し自席でうとうとしていて、気がつけば寝入ってしまっていたらしい。


数度まばたきをして、なぜか動かない右手を不審に思いながら顔を挙げた。ら、なぜか、なぜか我がクラスの推薦枠、B組が誇るイケメン、骨抜柔造くんが私の手を握っていた。

「…は?」
「あ、起きた?」
起きた?じゃなくて。

「…なに、なにしてんの?」
私と骨抜くんは別に親しいわけでもないし、というか入学して以来、挨拶以外でろくに言葉を交わしたこともないはずだ。まして、触れ合ったことすらない。
それがどうして、教室で寝こけていた私の手を現在進行形で彼がニギニギしていらっしゃるのか。一体いつからそうしていたのだろうか。
もしかして寝顔見られてたんじゃないか…?とか色々気になることはあるんだけど、まずこの状況が謎過ぎて戸惑いをそのまま口に出した。

「気持ちよくねぇ?」
「ん、や、すっごいきもちいい…けど」
「足ツボって言うじゃん、手にも同じようなのがあってさ、いっぱいツボが集中してんの」
「へぇ〜……、って、じゃなくて、なんで私の手のツボ押し?をしてるの?」
素直に感心しかけて、いかんいかんと我に返る。手を軽く振り払ったら案外ぱっとすぐに離してくれて、おやと思ったのも束の間「じゃあ次左手な」と今度は左を揉まれ始めた。違う、そうじゃない。あ、でも気持ちいい…
「なまえ、超凝ってっから」
「へ?」
「俺、マッサージ好きなんだ」
「あ、そうなの…」
予想外の返答に、阿呆のようにぽかんと口を開けることしかできなかった。マッサージ…歯が剥き出しで唇がないわりに、彼の「ま行」の発音は明瞭だった。

「なまえ肩凝ってんだろ、揉んでいいか?」
「別に…いいけど」
マッサージが好きというのは本当らしい。心なしか目を輝かせて、凝り固まった私の肩を指す。
確かに肩はすごく凝っているし、彼もやりたがっているのに拒否する理由はさしてない。


シワになるから、とブレザーを脱がされ(背後に立った彼にいきなり腕を回され、ボタンに手をかけられたのに驚いてアゴを殴ってしまったのは申し訳ないけど、一度訊ねてからにしてほしい。半分は骨抜くんにも責任がある。)、両肩を指圧される。
「うわっ、すっげぇ。めっちゃゴリゴリ」
「個性あんま、使うと…なんか、血流がちょっと…悪くなるみたいで……、あー…きもちぃ……」
私の個性は念動力…昔から、所謂超能力とか言われていたものの中で一番メジャーなところのサイコキネシスというやつだ。手を触れずに念の力で物を動かしたり操ったりできる。
強力だがそれゆえに、使いすぎた時の反動も大きい。あまり乱用すると血流が滞ったり、許容範囲を越えると逆に頭に血が行きすぎてひどい頭痛を起こし鼻血を出す……というのは、雄英に入学してから知ったことだけど。

数日の乱用で血流が悪くなった私の肩から首まわりはもうバキバキで、それが疲れに拍車をかけていた。

「ぅあ……あ〜ヤバい…そこ、効くぅ……」
「ここ?」
「んっ…そこ…ていうか骨抜く、めっちゃ上手い…」
「マジで?そりゃよかった、まーいつもやらしてもらってるし」
「あ〜ッ、あ〜ヤバいヤバいそこぉ…い゛ァッ、」
「え、痛かったか?」

ちょっと強めに指圧されたのに鈍い声を上げてしまって、ごめん、とぱっと手を離された。慌ててぶんぶん手を振って訂正する。
「ちっ、が…いや、ちょっと痛かったけど、痛気持ちいいっていうか、今のくらいで大丈夫」
「そっか?ていうか今の、かなり強めにいったんだけど…コレでそんなに痛くないって相当だな」
「そ…かな、あ〜…んん…!きもちい…」


最初から時間は見ていなかったから正確にどのくらい経ったのかわからないけど、結構長い時間をかけて、ゆっくりじっくり念入りにマッサージをされた。
文字通り完全に骨抜きにされてしまった私は現在、冒頭のように机にだらりと伏している。
「やー、マッサージし甲斐があったってもんだ」
「も、もう私、骨抜くんがいないと生きていけないかも…」
「カッカッカ」

マッサージ好きと言うだけある彼の腕前は凄かった。丹念に丁寧にほぐされて、大袈裟じゃなく、涅槃へ飛んだ。凝りとともに悪いものが全部抜けていったような気がする。
「肩、楽になっただろ」
「楽になったどころの騒ぎじゃないよ!すごい!すっごく軽い!肩がなくなったみたい!!」
彼の質問に、飛び起きて興奮のまま思った通りのことを口にする。顔が蒸気しているのは血行が良くなったせいだけではない。
しかし彼は聞くなりブフッと吹き出して(唇がないのに歯だけで吹き出すのはなんだか不思議な感じだった)、笑い混じりで苦しそうに「肩はっ…なくなんねぇだろ…」とだけ言う。いや、ものの例えっていうか、そこまで笑うほど面白くなかったでしょ正直。
しかしそんなにツボられると急に恥ずかしくなってくるのも確かだ。

「そんなに笑うことなくない?」
「いやっ…!なまえってもっと、冷静で大人しい感じの、奴だと思ってたから…っひ、そんな、頭悪そうなこと言うのかよって…」
「失礼だね!?」
大人しそうどうこうっていうのは、私が訓練でもあまり動き回ったりせずに黙って淡々とこなしているように見える(実際は集中するために余計なことを喋ってないだけだ)からと思う。似たようなことは一佳ちゃんや茨ちゃんにも言われた。
しかし、「頭悪そう」はちょっとあんまりなんじゃないの。

「悪い、お詫びにさ、いつでも言ってくれたらマッサージすっから」
「それって骨抜くんがやりたいだけじゃないの」
「それもあるけどさ、なまえも助かるだろ?」
よかっただろ、マッサージ。と自慢げでもなく、本当に当たり前のことを言うようなテンションだった。悔しいが、その通りである。だって、涅槃に飛んだんだ。

「もう…わかったよ、お願いします」
「あー、ほんと、辛くなったらいつでも言ってくれていいから。いつも首ゴキゴキしてるけど、アレってマジでやめた方がいいぞ」
「え。あ、そうなんだ…わかった、ていうか、よく知ってるね?」
確かに私は最近首の骨を鳴らして痛みを凌いでいた。しかしあまり行儀がよろしくないから、人目につかないところや誰も見てない時を狙ってやっていたのだけど。

「見てたから、なまえのこと」

また、当たり前のことのようにさらりと言われた。だからスルーしかけたけど、ちょっと引っかかる言葉だったように思うのは私だけか?といってもここには私と彼しかいないが。
首をひねる私に、「教室だと肩揉みくらいしかできねーけど」と続けて言葉を投げかける骨抜くん。

「今度うち来ねぇ?全身マッサージ、させてよ」
「え、いや、それは流石に」
少し打ち解けたとはいえ、彼とまともに話したのは今日が初めてだ。この付き合いの浅さでいきなりお宅訪問のお誘いとは、存外骨抜くんはグイグイくるタイプだな。
彼の善良さからいって、凝り固まった私の身体を純粋にマッサージしたいだけで、下心とかは全くなさそうなのが救いだけれど。いやまて、それは年頃の女の子としてどうなんだ、私。よしとしていいのか。

「いろんなとこ、気持ちよくさせてやるけど」
少し屈んで、座ったままの私の腰に腕を回す。
「背中、腰。…脚、あと、足ツボとかしてみっか?」
ぐいと引き寄せられて、反対の手でするすると身体をなぞる。たった今骨抜きにされたばかりの私が断るには、彼の誘いは些か魅力的すぎた。
「お、おねがい、します…」
「うん、決まりな」

にっこりと骨のような顔を笑った形にしてみせる。強面の彼だが、笑顔はなかなかに可愛かった。なんだろう。ギャップ萌え的な何かを感じる。

「俺、もっとなまえのこと知りたい」
「えっと…?うん、仲良くしてね?」
骨抜くんって意外に可愛いんだな、なんて思っていた私には、この時彼が何を思っていたとか何を考えていたとかそういうことは、ちっともわからなかった。



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