故意のトライアングル



「やめろなまえ!!早まるな!」
「早まるなって何よ!どきなさいよ切島!!」
「駄目だ!お前を梅雨ちゃんに近づけさせるわけにはいかない!」
「きーりーしーまああああああああああああ!!!!!」
ナチュラルに「梅雨ちゃん」呼びしやがって!うらやましい!と地団駄を踏む私の前には、背中を守るように両手を広げて立ちはだかる切島。
その背中の向こうには、芦戸さんと仲良さげに話す梅雨ちゃんこと蛙吹さん。

ああ、今日もかわいい。

私にはどうやっても望めない、蝶々結びが愛らしい艶やかな長い黒髪だとか、
小柄な体躯が更に小さく見える猫背だとか、
体格と少々アンバランスにも見えるけれど、彼女の性格を表すような頼もしい大きな手足だとか、
吸い込まれてしまいそうなミステリアスさのある真っ黒な瞳だとか、
その瞳の納まった大きな縦長の眼孔を縁取る、長い下睫毛だとか、
常に困ったような表情に見える下がり気味の細い眉だとか、
時折長い舌がちろりと覗く、幅が広くゆるいカーブを描いたその口だとか。

あんなに可愛らしい見た目をしていながら、その中身は竹を割ったようにさっぱりと気持ちのいい性格であり、意外にも落ち着いた声のしっとりとした口調で語られるその言葉はどこまでもドライだ。

どこかキッチュでキュートな外見と、そのドライかつクールな内面を持ったギャップに驚き、入学当初からすっかり魅了されてしまった私はお友達になりたいとその機会を伺っている。
今日も、意を決して彼女に話しかけようと席を立った私の前に決まって立ちはだかるのが、こいつ。中学からの付き合いである切島鋭児郎だ。
毎日毎日私の邪魔をして、何が何でも蛙吹さんに近づけまいとする。

その理由は明白である。彼女が蛙で、私が蛇だから。

正確には「メデューサ」の個性持ちだ。髪は全てメデュシアナと呼ばれる毒蛇、私自身も猛毒の牙を持っていて、姿を見たものを石にできる、とまではいかないが、目が合った相手を意図的に硬直させる能力がある。
しかし切島ならば知っているはずだ。舌が蛇なせいで熱いものが食べられない以外は食性が蛇なわけではないし、蛙を食べたこともない。だいたい蛙吹さんも私も、個性が蛙や蛇なだけでただの人間だ。そもそもクラスメイトに食欲を感じるとか私はそんな変態じゃない。

それでも切島は邪魔をしてくる。入学当初、学区が同じで帰り道も同じ切島と一緒に下校していた際のことだ。
「あの、出席番号3番の…蛙っぽい女の子いたじゃない?」
「ああ、梅雨ちゃんか?」
「梅雨ちゃんっていうの?名前もかわいい…」
「蛙吹梅雨ちゃん」
「蛙吹さんか!そう、彼女、食べちゃいたいくらい可愛いわよね」
「お、お前…!?」
「何よ、そんな顔して…そう思わない?」
「い、いや、俺は蛇じゃないから…そういうのはちょっとわかんねーけど……」
「?」

その時は切島の言っている意味がわからなかったけど、翌日蛙吹さんに話しかけようとした時に全力で止めてきた切島に、ああ、これ誤解されてる…とやっと理解した。
それからはいくら弁解しても誤解だと説得しても、納得してくれなくなった。その日から毎日切島は私にくっついて邪魔ばかりする。

その程度はといえば私が動くたびに蛙吹さんとの間に入ってガードするし、どこに行くときも私の一挙一動に目を光らせて追いかけてくる。
女子トイレや更衣室には流石に入ってこないけど、蛙吹さんが入っているときは私をトイレにすら入らせない。もう迷惑とかいろいろ通り越してこいつヤバイ。
何が悲しくてトイレに入るタイミングまでクラスメイトの男子に全部知られなくてはならないのか。

毎日くっついてくるせいで私の行動パターンはほとんど覚えられてしまっているらしい。
先日、「あれ、おめー今日はこの時間トイレ行かねーの?」と聞いてきたときはぶっ殺してやろうかと思った。
ついカッとなって噛み付いてしまい、中毒させてリカバリー送りにしたのは反省しているが後悔はしていない。

「なまえ、ずっと梅雨ちゃんのこと見てたじゃねえか!」
「もう!だから違うって言ってるじゃない!」
「じゃあなんで見てたんだよ!」
「は、話しかけたくって…」
話しかけるタイミングを狙っていただとか言うのが恥ずかしくて、目をそらし人差し指をつんつん突き合わせてモゴモゴと声が小さくなる。その私の態度を別の意味で捉えたらしく、さらに必死になって止めようとしてくる。

「嘘つくなよ!俺の目をまっすぐ見て本当の事言え!」
「嘘じゃないってば!なんで信じてくれないのよ切島のバカ!高校デビュー野郎!おかっぱ地味男!!」
「お前それバラすなって!!だってお前の頭の蛇梅雨ちゃんから目そらさねーし!」
あんたが邪魔で私の目で見えないからメデュシアナの目を通して見てたのよ!

しかし指摘されて恥ずかしくなり、蛙吹さんから視線を外してそれならば、とメデュシアナ総動員で切島を睨みつける。
「…これ以上邪魔するなら、石にするわよ」
「はん!おめーの目は見なきゃ怖くねーよ!残念だったななまえ!」
「また噛み付かれたいの?次はリカバリーじゃ済まないけど」
シャー、と口を開けて毒の滴る牙を見せつけると一瞬たじろぐ。しかしピキピキと全身に割れ目のような筋が入り、勝ち誇ったように笑った。

「俺の硬化はなまえの細っこい牙なんか通さねえぞ!」
「んんんんん!もう!もう!死ね!!」
イライラをぶつけるようにバシバシと髪で叩きまくるが、硬化した身体には全く効いていないようで仁王立ちの切島ははっはっはと笑うだけだ。

「……うっ、ぐすっ…」
「えっ!?なまえ!?」
「な、なんでわかってくれないのよぉ…切島の、ばかぁ……」
「ちょっ、おい、泣くなよなまえ…」
「わ、わたしはただ、蛙吹さんと…ひっく、」
「わ、悪かった!やりすぎたよ!なまえ、ごめn」
俯いてしゃくりあげる私にわたわたと慌てて、おそらくごめんな、と言おうとしたのだろう切島がぴたりとその動きを止めた。
不意打ちで私が顔を上げ、蛇のように変化した縦長の瞳で睨みつけたせいだ。

「ぐっ、てめ…」
「あはははは!毒じゃないから安心しなさい!少し経てば戻るわよ!せいぜい私が蛙吹さんとお話している間だけでも、そこでアホ面のまま突っ立ってることね!!」
テンションが上がり、おーっほっほっほっほ、とさながら悪女メデューサのような高笑いをして切島の横を通り過ぎていく。

さあ!邪魔者はいないし、やっと蛙吹さんとお喋りができるわ!なんて言って話しかけようかしら、なんて考えつつ彼女の席を見ると、さっきまで芦戸さんと和やかに話していたはずの蛙吹さんの姿は忽然と消えていた。

「……………」

呆然と立ち尽くす私に、学級委員長の飯田くんが「蛙吹くんなら先ほど芦戸くんと連れ立って帰って行ったぞ」と揃えた指先で謎ジェスチャーをしながら教えてくれた。

今日も、話しかけられなかった……さっきまで元気よくうねうね動いていた私のメデュシアナは、脱力しきってその場に膝をついたと同時にへなへなと萎びていった。



(梅雨ちゃん、よかったの?今日も苗字と話せなくて)
(なまえちゃんは好きだけど、しばらくは知らんぷりしてあの2人を見ていたほうが面白いわ)
(かわいそうに…)
(ケロケロ)


(なあ切島、固まってっとこ悪いな、お前だってもう苗字が梅雨ちゃん食べるつもりじゃないことくらいわかってんだろ)
(おう…)
(梅雨ちゃんにとられたくないのはわかるけどよー、あんまやってっと嫌われんぞ)
(ナンパの上鳴に言われたくねーんだけど…だってなまえ、梅雨ちゃんばっか見て俺のこと全然見ねえんだもんよ)
(意地悪入ってんのかよ…まあ苗字が鈍いのも悪いか)


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中学の時から夢主を好きな切島と梅雨ちゃんに夢中の夢主、それを面白がって意地悪する梅雨ちゃん。周りからは生温かい目で見守られています

発音は「メドゥーサ」派なのですが、堀越先生は「メデューサ」って言ってたのでそっちに統一しました

設定作った割に書いてるうちにいろいろ変わってきてしまうのはよくあること


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