偶然のクロスバトル



これの続き




「蛙吹さん、ごめんなさいね」
「……なまえちゃん」
縦長に開いた瞳孔で睨めつけるのは私。文字通り、蛇に睨まれた蛙の様相で身体が固まって動けなくなったのは梅雨ちゃん、こと、蛙吹さん(固まってても可愛い)。

現在、オールマイト先生の戦闘訓練の真っ最中。
内容はくじ引きで決定した2人1組のチーム同士で「ヒーロー」役と「敵」役に分かれ、ビル内の戦闘。敵チームにはあらかじめ人質(オールマイトを模した人形である。ゲームセンターのプライズとかでよく見るやつだ)を与えられ、ヒーローは人質の奪還と敵の確保でクリア、敵は人質を所有したままビルの屋上にあるフラッグを獲得(屋上に逃亡用ヘリが来ているという設定で、フラッグの獲得で「ヘリに乗った」ということにするらしい)すればクリアとなる。
で、梅雨ちゃんと砂藤くんがヒーローチームで、私と、切島が敵チームとなった。
厳正なくじ引きの結果とはいえ、正直常に切島にひっつかれているので、授業の時くらい誰か別の人と組みたかった。…けどまあ偶然なのだから仕方がない。それにチーム戦ならむしろ息があってる方が有利なのだ。

戦闘向きの切島が囮兼ヒーローチームの足止めを行い、機動力が高く隠密行動に優れた私が人質を持って屋上を目指す、という作戦だったが、その程度は相手にも見抜かれていた。砂藤くんと切島が戦闘している間、屋上へ向かっていた私の前に、待ち伏せしていた蛙吹さんが立ちはだかった。
でもこっちだってその位は想定済みだし、私は相手の動きを止めて逃げ切れる個性がある。蛙吹さんが待ち伏せをしているのも、潜んでいる場所も、訓練が始まってすぐに1匹切り離して放っておいたメデュシアナがサーチ済みだった。
ちなみにこの子の名前はベティ。今は私の二の腕に巻きついて大人しくしている。

だから飛び出してきた蛙吹さんを逆に不意打ちで硬直させられたのだ。
しかし、切島の妨害や不運に遭って未だまともに会話できていなかった私と蛙吹さんの初めての会話がこんな形なんて……でも「なまえちゃん」って、なまえちゃんって名前で呼んでもらえたからいいの!

硬直して棒立ちのままの蛙吹さんを横切って、屋上へ急ぐ。蛇睨みによる硬直は長時間続くわけじゃないし、切島だっていつまで囮が持つかわからない。
「このビルやたら広いのよね…」
普通、高校の演習施設にこんな大掛かりなもの作らないでしょう。「さすが雄英」じゃそろそろきかないレベル…私はそんなにスタミナがあるほうじゃない。走り続けるのは疲れるし、この人形も人間を1人という設定なので結構なウェイトが仕込まれている。
持って立っているだけでもずっしりと肩にくる程のものを抱えて、階段を登るのはきつい。脚に乳酸が溜まってきているのがわかる。
「はぁっ…あー、もう、明日は筋肉痛だわ…!」
悪態を吐きながら、走っているうちにずり落ちてくる人形を再度抱え直したところで、地響きのような音を耳が捉えた。
どんどん近付いてくるそれは、考えるまでもなく…個性で脚力が倍増した砂藤くんが猛烈に駆けてくる音だ!

「嘘嘘嘘嘘っ、切島負けたの!?しっかりしなさいよあのバカ!!」
重たい足を必死に動かして階段を駆け上がるが、ものすごい力で地面を蹴って何段も飛ばして駆けているのだろう砂藤くんの足音はぐんぐんと近付いてくる。正直すごく怖いわ!ホラー映画の主人公ってきっとこんな気持ちね!!

「居たああああああ!!!!」
「ッキャ―――――!!?」
私を見つけるなりさらに速度を上げて追いかけてくる砂藤くんは、元々の強面に加えて、個性の影響で血管の浮いた頭部と血走った目が底抜けに恐ろしい。そんな形相でぐんぐんと近づいてくるのだからこっちはもう恐怖で半泣きだ。
「いやあああ!!助けてヒーロー!!!」
「俺がヒーローだ!苗字は敵だろ!」
「そんな怖い顔で追っかけてくるヒーロー嫌よおおお!!!」
「なんだと!?」
火事場の馬鹿力とでも言おうか、さっきよりも早く走れていたがウェイトのせいで足がもつれ、つまづいた拍子に砂藤くんが私の眼前、つまり階段の上段へと回り込んだ。ていうか、跳んだ。私の頭上を跳んだ。そんなのアリなの?ドーピングのレベルじゃないこわい。

「さァ敵、人質をこっちによこして投降しろ」
オールマイトを抱きしめて(非常に重い)、こちらに手を伸ばす砂藤くんからじりじりと距離をとる。
といっても後ろに逃げれば屋上からは遠ざかるし、かと言って突っ込んだとしても力負けしてあっさり捕まえられて終わりだ。砂藤くんのドーピングが切れるのを狙うのが妥当かもしれないが、その前に向かってこられたら絶望的。

それならばやはり、道はひとつしかない。

「…わかったわ、人質を解放する」
ひとつため息をついて、大人しくオールマイト人形を砂藤くんへと渡す。
「おう、そのほうが懸命だろうな」
私が向かってくるようだったら私相手に戦闘を懸念し、そしてそれは勝敗云々を抜きにしても、彼としては力量差の明らかな女子との正面戦闘は避けたかったのだろう。少し安堵したような表情を浮かべた。
強面だが、砂藤くんは根が優しいのだ。


だから、簡単に警戒を解いてくれるのだ。
人形を渡す手を伝って、するりと砂藤くんの眼前に牙を剥き出したのは、さっきまで私の二の腕に絡みついていたベティ。
「うお!?」と一瞬驚き、ほとんど反射でベティを叩き落としたが、その一瞬の隙があれば十分だった。
すかさずオールマイト人形を投げつけるように乱暴に押し付け、反応が遅れふらついた瞬間に足払いで引き倒す。ドシンと尻餅をついて目を白黒させる砂藤くんに飛び乗って目線を合わせ、蛇の瞳孔で睨みつける。

一瞬硬直がかかったが、まだわずかに動こうとする身体を見て眉を顰める。もしやドーピングがかかっているせいで筋肉の硬直は効きにくいのだろうか。
「仕方ないわね」
「ちょっ待ッ…!」
身体が思うように動かず、焦りを浮かべる砂藤くんの首筋に八重歯を立てる。
筋肉に覆われた太い首は歯が通りにくそうだ。必要以上に痛くしてしまったら申し訳ないな…「ちょっとチクッとするわよ」と一応声をかけて、ずぶり、と牙を刺し込む。うん、やっぱり弾力に押し返される。
抜けないようにぐりぐりと半ば無理矢理牙を肉に埋めると、砂藤くんはほんの少し呻いた。
授業が終わる頃には解ける程度の毒を注入し、動かなくなったのを確認してオールマイトを奪い返し再度屋上を目指す。


「あー…おもい…はぁ、…疲れたぁ……」
屋上の扉を開くと、ぶわりと吹き抜けた風が身体を撫ぜて汗を冷やす。涼しい…
ふうと一息ついて、人形を抱え直したところで後ろから肩を叩かれた。
「甘いわよ、なまえちゃん」

「ひっ!?あっ蛙吹さ、」「梅雨ちゃんと呼んで」
驚いて反射的に飛び退くと、その隙をついて舌を伸ばしオールマイト人形を奪い取られた。
「ああ!」
「ダメね、私も砂藤ちゃんみたいに毒を打っておけばよかったのに…手加減はよくないわ」
「て、手加減なんて…砂藤くんには硬直が効かなかったから、」
「それでも、私に毒を打つ気は最初からなかったでしょう、…今も」
「う」

図星だった。さっきからどうにか目線を合わせようとしているが、蛙吹さんは私の顔を見ようとはしない。蛇睨みで動きを止めるのは無理そうだ。
「ねえ、私に遠慮してるのはどうして?」
「遠慮、ていうか…」
「ケガを恐れず思いっきり、よ。なまえちゃん、遠慮なんていらないわ…私、あなたとお友だちになりたいの」
おっ、お友だち…!蛙吹さんが!私と!お友だちになりたいって!
夢!?じゃないわよね!?

「あ…蛙吹さ、」とまで言いかけて、蛙吹さんの表情が険しくなった。「……つ、つっ、つ、つつ、ゅ…つ、梅雨ちゃ、ん…!」
やっとの思いで、ずっと呼びたかったその呼び名を口にすると、いつも口角の下がり気味な口が満足げにカーブした。

「あす……っつ、ゆちゃん…じゃあ、本気で、やるから…!」
言うなり、腕を伸ばして油断しきっていた梅雨ちゃんの口元を押さえる。厄介な舌を封じれば、後は私と彼女の腕力はほぼ互角。…リーチの差で私のほうがやや有利か。
あと気をつけるべきは跳躍を為す脚力だが、扉のすぐ横の壁に追いやり、足の間に膝をねじ込み腰で胴を押さえつけてしまえばもう動けない。

がぱりと口を開き、梅雨ちゃんの細い喉へと毒牙を突き立てた、…と同時に、バガン!!と屋上の扉が吹っ飛び、「なまえ!!」と呼ぶ声とともに現れたのは、ボロボロの切島。
「きりしm「わあああああああああああああああ!?おまっ、梅雨ちゃん食っ…!?」ちが、ぐへっ!?」
違う、と言い終える前に容赦ないラリアットで梅雨ちゃんから引き剥がされ、屋上の床を数メートル転がった私に「おっお前ぇ!!まさか本当にやるなんて!」などと言いながら掴みかかってくる切島、もとい、バカ。

「あんっ、た、バカじゃないの!!!授業中!今私が梅雨ちゃんの動き止めて人質回収してフラッグ取ったら勝ちの流れだったでしょうよ!どっちの味方なのよ!!」
「えっ、アッ」
一瞬戸惑って、状況を顧みた切島が「しまった」と顔に出したのと、私達をまとめて梅雨ちゃんの舌が拘束したのはほぼ同時だった。
そして、一拍遅れてオールマイト先生の「TIME UP!!」と言う声。

「ヒーローチーム、WIIIIIN!!!」


「きーりーしーまああああああああああああ!!!!!」
私のありったけの怒りを込めた咆哮は、抜けるようなハリボテの空に虚しくこだましていった。



(今のは俺が悪かった!!!)
(当たり前よ!これで単位落としたらどうしてくれるの!!)
(ケロケロ)



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