彼女の話



「ただいまー……」
返事がないとわかっていて、誰もいない部屋に挨拶をする。
ペットでもいればいいのだけれど、生憎私の帰りを待ってくれているのは、ベランダとキッチンにいるプランター野菜たちだけだ。

私の実家は東北の過疎地で、有り余る広大な土地を利用した大きな田んぼや畑をどの家も持っているようなド田舎である。
私が単身引っ越してきた時に、お母さんが畑の苗を少し持たせてくれた。
マンションのベランダや室内でも育つようなかわいらしい野菜ばかりだが、プランターでもわさわさ育って次々に新しいものが出てくるため消費が大変だ。私はこのところ毎日新鮮なサラダをボウルいっぱい食べている。
虫の苦手な私を気遣ってか害虫の湧きにくいものばかり選んでくれたお母さんにはGJと言わざるを得ない。

ベランダにはラディッシュとサニーレタスとミニトマト、それからいちご。キッチンとリビングを仕切るカウンターにはかいわれ大根とパセリが仲良く並んでいる。
制服を脱いでハンガーにかけ、ジャージに着替えて野菜たちに水をあげる。

両親は土いじりもするが本業はヒーローだ。
田畑は主に父方の祖父母が管理していて、変形の個性を持っているお爺ちゃんが、個性を駆使してバリバリ畑仕事に精を出している。ちなみに、お婆ちゃんは無個性。
世界総人口の約8割が個性持ちの超人社会の現在だが、田舎では無個性の人間はそう珍しいことでもない。
超常発生から数えて第五世代となる私たちが無個性だったなら驚きもするが、祖父母くらいの人間はだいたい第二〜三世代であり、個性の発現はそれこそ個人差の域。

総人口の2割、5人に1人の無個性の人間というのはほとんど高齢者がその割合を占めている。
そして、田舎の過疎地にはそんな世代の人間が多く住んでいるのだ。だいたい3軒に1軒くらいは無個性の人間がいるもので、無個性に対する偏見は都会よりだいぶ薄い印象がある。

私はよく父の個性だけを受け継いだのだと思われるし、個性届も祖父や父と同じく「変形」という個性名で登録されているが、実際には父の「変形」と私の「変形」は別物の個性である。
私はいわゆる複合的個性遺伝で生まれ、母の「皮膚伸縮」という個性も同時に受け継いでいる。

両親の個性を受け継いだ私は、どんな無理な形や大きさに変わっても筋肉の外側はしっかり皮膚に覆われるが、オリジナルの「変形」は皮膚が伸びないため、許容量を超えた変形をすると皮膚が破けて肉が剥き出しになる。
わかりやすい違いの例を挙げると、羽を形成して飛ぶのは家族の中で私だけができることだ。
羽毛を持たない私が作る羽は鳥のようなものでなく、コウモリのような骨と骨を膜でつなぐ形のものなのだが、祖父と父は翼の骨格を形成できても、風に乗ってはばたくための膜を作ることはできない。
母は、ムササビのように滑空することはできるのだが、自力で飛び上がることができない。
ざっくりと分けると…父の操作できる部分が骨と筋肉、母は皮膚、私はその全て、といった具合である。

そして私の「変形」はオリジナルに対して上位互換性がある。
骨と筋肉の内部構造がそもそも常人と違うのに加え、摂取した栄養素が骨や肉になりやすい体質で密度が普通の何倍もあるのだ。
つまり、増やそうとすればいくらでも強化できる。


父は変形による変幻自在の体術を用いた戦闘スタイルで、母はそのよく伸びる皮膚で敵を拘束したり中距離からの変化球系の攻撃、または近接戦闘の得意なヒーローと組んで補助的な役割をするのを得意としている。
個性の相性がよく、夫婦である両親の息ぴったりの連携は地元のヒーロー事務所で最有力コンビとして名高い。
ローカル番組でよく取り上げられるのを自慢に思っているのは、口に出して言ったことはないが。

ヒーローとして人々のために働く両親に憧れていた私は「私もお父さんやお母さんみたいなヒーローになる」が口癖だった。
家族で一番強力な個性を持って生まれた私に対する期待も大きかった両親は大いに喜び、立派なヒーローにしてやると意気込んだ。
幼い頃から強い身体を作るための食事メニューを設定しトレーニングを重ね、内から外から努力を続けた私は念願の雄英に入学できた。
両親はともに雄英に落ちていたので私の合格をそれはそれは喜んでくれたし、私自身も嬉しかった。合格通知が届いたその日は親戚を集めてどんちゃん騒ぎをしたのが思い出される。

「そういえば、入学の日は電話してって言われてたっけか……」
実家にいた頃の記憶を思い返して、一人きりの部屋にいることを寂しく感じ始めた自分をごまかすようにひとりごちる。
通学用の鞄から携帯を取り出し、実家に電話をかける。1コールもしないうちからいきなり『もしもし!?』と食い気味の父が電話に出た。
苦笑が漏れたが、変わらない調子の父に安心する。

「もしもし、お父さん?」
『おお、由有!!入学式はどうだったべ!?雄英は楽しいか!?』
「そんなに心配しねくたって大丈夫だ、…入学式な、うちのクラスは出ねかったんだ」
『出ねがった!?なんじょしてそったらこと!!』
「なんか担任の先生がいきなり体力テストするとか言い出してな、うちのクラスは体力テストしてた」
『はあ!?』
「最下位は除籍とか言われて焦ったっちゃやー」
『はああ!?』

お父さんの反応が面白いのでつい思わせぶりな話し方をして焦らせてやる。が、あまりに情けない声を出すのでかわいそうになってきた。
「大丈夫だべ、最下位にはならねがったし除籍ってのはウソだったし」
『おお!さすが俺の娘だべ!』
「学校は楽しいよ、クラスメイトも優しいし、田舎者だからって浮くんでねぇがって心配してたけんどよ、大丈夫だった」
『おう、いがったなぁ、父ちゃん、今日はずっと心配で心配で、いつ電話くんだべかって仕事休んでずっと電話の前さいだがら……』
「仕事しろダメ親父」
だからやたら電話に出るの早かったのか…嬉しいけれど、仕事はしろ。
そして朝からずっと電話の前で正座する父の姿が簡単に想像できてしまった自分が悲しい。

「お母さんは?いる?代わって」
『ええ〜もっと由有と話したいべや〜〜〜』
「早く代われや」
わざとらしくごねても、野太い声の中年のおっさんだ。可愛くない。
『はい……母ちゃん、由有が代わってど』
『もしもし、由有?』
「お母さん!」
『うん、学校楽しかったべか?』
「楽しいよ!友だちもできた!」
『男の子?』
「えっ……うん、男の子もだけど」
『彼氏は?』
『彼氏だと!?』
『お父さんうるさい』
「彼氏なんかできないよ!まだ初日だし、そもそも私に惚れるようなもの好きもいねぇべ!」
『あらぁ……由有はめんけぇんだから、そったらこと言うもんでねぇよ』
「またそんな〜」
『冗談でねぇよ、由有はめんけぇ娘だべ〜』
「はいはい」
『でもおらだが見てねぇからってサボんでねぇぞ』
「うん、これから走りに行くとこ」
『そっか、頑張ってな。でもあんたは頑張りすぎることがあっから、無理ハすんでねえぞ』
「ん、わがってた」
『じゃあまたね、何かあったらいつでも連絡すんべし。あ、あと今日米だの味噌だの野菜送ったから、そのうちそっちさ届くべよ』
「あっマジで?助かる、ありがとうね」
『ん、たんとけぇよ、いっぱい食べて身体作っぺし…じゃあね、切るよ?』
「はい、じゃーね」
『母ちゃん俺も由有ともう一回話しt(ブツッ)


切れた。今頃お父さんがお母さんに「なして切った!?」と泣きついて、あしらわれているのが目に浮かぶ。
お父さんは相変わらずうるさいし、お母さんは厳しくてやさしい。電話をすれば出てくれるし、私はいつも想われている。
さっきまでの寂しさは嘘のように飛んでいった。

「さて、今日も頑張ろう!」
誰に言うでもなく、気合を入れて玄関へ向かう。
おろしたてのローファーと並んだ履き慣れたランニングシューズを履いて、トレーニングへ向かう。

一時間のランニング、腹筋、背筋、腕立て、スクワット。
食事は一定量のカルシウムとたんぱく質。
両親がいなくても毎日続ける。私は雄英というヒーローアカデミアで、偉大なヒーローになる。そのために、努力する。

明日も、頑張ろう。



-----
あまり地域を限定しないほうがいいと思ったので、東北地方のいろんな方言をごちゃまぜにした田舎者のサラブレッドを開発。
いろんな作品の方言キャラを参考に、自分の地方(東北の真ん中らへん)の喋り方を混ぜたちゃんぽん東北弁を喋らせる。
彼女の両親が勤めるヒーロー事務所には東北のいろんなところから人が集まっているので、いろんな方言がうつったのだという設定です。今考えました。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -