得意分野ってやつ



第1種目:150m走

3秒04!と測定機が結果を記録する。
「はやっ…」

DRRRRR、と音を上げてふくらはぎから煙を吐き出しているのを見ると、どうやら脚の個性らしい。
脚力増強かな、とも思うけどあの穴はマフラーだろうか。だとしたらエンジンがついているのかな。

「飯田くん足速いね!おつかれ!」
「ああ、俺の個性はエンジンでな」
「やっぱりそうかー、……ていうかなんかその排気、いい匂いがするね…?フルーツみたいな……」
ふくらはぎから吹き出す排気ガスはガソリンのような油の匂いではなく、すっきりとしたフルーティーな香りだ。

「俺のエンジンの原動力は100%オレンジジュースなんだ」
「オレンジジュース!?」
オレンジジュースで足が速くなるとは……なんだか可愛い。
しかし飯田くん自身はオレンジジュースは別に好きではないらしい。非合理的だ。

他のみんなも個性を利用して好記録を出している。個性が有利に働かない人でも、ヒーロー科に在籍しているだけあって全国平均以上の記録は出せている感じだ。
もはや走っていない人もいるが、「個性を使っていい」というのはつまりそれもアリなんだろう。
ていうかなんだろうアレ。お腹からビーム的なものが…


「……えっ、私一人で走るの?」
そうだ、私は出席番号最後の奇数だった。二人いっぺんに測る種目も一人でやることになるのだ。
走り終わって暇になった全員がこちらを見ていて、視線が痛いし恥ずかしい。だがしかたない、やるしかない……
私は靴とソックスを脱いで裸足になり、スタートラインに両手をついて体勢を低く伏せる。しなやかに曲がる背骨を形成し、大腿と胸部の筋肉を強化。身体全体を細長い流線型に変形させ、私の体は陸上最速、速く走るためだけに進化した形に変わった。
ゴールラインから測定器の「ヨーイ……」という音声が聞こえて、後ろ足に力を込める。

START!
1秒88!

「……は」
飯田くんが四角く開いた口から声を漏らした。

ゴールラインを超えたところでぴたっと止まった私の骨格は、チーターのそれと同じ形状をしている。
クラス全員が、速度なら飯田くんを超えるものは出ないだろうとうっすら思っていたに違いない。唖然としたクラスメイトの顔を眺め、内心でしたり顔をした。

「乱架くん!なんだ君は!すごいな!ブラーボー!!」
飯田くんが拍手しながら私のもとへ歩いて来る。
「その姿はなんだ?正直抜かれると思ってなかったぞ、君の個性はどういうものなのだ?」
シュバッシュバッ、と妙な手さばきで私に問う。
私は身体を元の形に戻して靴を履きながら答えようとするが、相澤先生がこっちを睨んでいるのに気がついた。
「飯田くん、その話はあとにして、もう次のやつ飯田くんの番だよ」
飯田くんは出席番号が4番で、測定も早い順番だ。私とおしゃべりしている時間なんてほぼない。もたついて後をつっかえさせると相澤先生が怖いので、背中を押して握力測定をしている方へ行くよう促す。
飯田くんは「すみません!」と直角90度の丁寧なお辞儀で謝罪していて、「いいから早くしろ」と先生を余計に怒らせていた。


第2種目:握力測定

「すごいのね、由有ちゃん」
「ん?えっと…」
握力測定器は2つしかない。順番が回ってくるまでぼーっとクラスを眺めていると、飯田くんの前に握力を測っていた女の子が私のもとへ来た。小柄な体躯に、背中で蝶々結びの形に結ったロングヘアがゆらゆらと揺れている。大きなくりくりした目が可愛らしい。

「蛙吹梅雨よ、梅雨ちゃんと呼んで」
「梅雨ちゃん?」
「ええ、さっきの見てたわ、飯田ちゃんも速かったけど、まさか抜く人が出るなんて。私の個性は蛙なんだけど、由有ちゃんのはどういうものなのかしら」
蛙か。言われてみればさっき走っているときに長い舌が出ていたし、大きな手足や猫背が蛙っぽい印象だ。きっと泳ぎも得意なんだろう。

「私のは変形っていってね、骨格と筋肉を変形できる個性。さっきのはチーターと同じ形に変形させて、速く走れる身体に作り変えたんだ」

チーターは陸上短距離では最速と言われている。初速で時速70kmに達し、走り出して3秒で時速100kmを超える。
今回は50m走だったからトップスピードに達する前に終わってしまったけれど、その加速度はレーシングカーを凌ぐ。速度を求めて特化した狩猟豹の肉体は、距離を絞れば飯田くんを引き離せるだろう。
「変形…すごい個性ね、なんだってできるじゃない」
「いや……そうでもないよ。あくまで変形するだけで質量が変わるわけじゃないからさ、自分が今持っているものでどれだけ工夫できるか、っていうのがすごく難しくて…それにもともとの骨と筋肉がしっかりしてないと何の役にも立たないし。それで私、筋肉量増やそうとしてトレーニングとかして体鍛えたけど、そしたらこんな女の子らしくない体になっちゃって…恥ずかしいや」

普通の女の子のような柔らかではない、筋張った腕を見せてえへへと笑ってみせると、梅雨ちゃんはなんとも言えないような表情をしていた。私は瞬時にしまったと思う。初対面でするべき話ではなかった。
「あっ、ごめんね!いきなりこんなこと話されても困っちゃうよね」
「…由有ちゃん、私思ったことを何でも言っちゃうの。言いたいことを言うのは悪いことじゃないと思うわ」
「えっ、」

「変に気を遣ってお世辞ばかり言う人よりはずっと好感が持てるわ。私、あなたのこと好きよ。私には何も隠さないで、思ったことを何でも言ってくれないかしら」
「つ、梅雨ちゃn「すげぇ!!」

梅雨ちゃんの優しさに感激し、涙目で彼女を見つめて言葉を返そうとした私の台詞は、現在握力測定をしている男子の方から聞こえた叫びに遮られた。どうやら誰かが大記録を出したらしい。
ちょっとイラッとしてそちらを見ると、私の他のノースリーブ体操服の男子が測定器を持っていた。

「540kgて!!あんたゴリラ!?タコか!!」
「!!!!」
ひょろりとしたのっぽの男子が発した、「ゴリラ」という言葉にぎくりと肩を跳ね上げる。私が言われたわけじゃないその言葉に過剰に反応してしまうのは、鍛え上げた私の身体を指していつか言われるのではないかと常日頃恐れているからだ。
言われた方の男子は無表情で、気にした素振りもないけれど。

「由有さん、どうぞ。貴女の番ですわ」
「あ、うん、ありがと」
測定を終えた百ちゃんが測定器を持ってきてくれた。
受け取って、左手から右手に筋肉を移動させる。私の左腕は欠損し、右腕は肘から先が3倍ほどの大きさに膨れ上がる。
「ああ、変形ってそういう使い方もできるのね」と梅雨ちゃんは感心していたが、正直さっきのゴリラ発言を気にしている私はこの姿を皆に見られる前にさっさと終わらせてしまいたかった。
全力で測定器を握ると、ピピッと音を出してデジタルの文字盤に数値が表示されていた。

「268kg…」
「まあ!すごいですわ!」
「はは、ありがとう……」
中学の時は確か40kg前後だった。記録が大きいのは喜ばしいけどこれじゃ本当にゴリラじゃないか…女の子らしくない記録に自嘲の笑みが浮かぶ。
左手の握力も似たようなものだった。


第3種目以降も個性を駆使して大記録を連発。
立ち幅跳びは両腕を翼の形にして場外まで飛んでいきクラス最高記録。ボール投げは握力測定と同じように片腕に筋肉を集中させて腕力を倍増させた。長座体前屈は…人が見ている中ではあんまりやりたくなかったけど、両腕と上半身を限界まで伸ばしてかなりの高記録を出した。

個性を活用できないその他の種目でも、元々鍛えていて基礎体力が高い私はそこそこいい記録だった。
これでおそらく除籍はないだろうと思うが、身体をぐりぐり変形させる私(特に長座体前屈の時)に向けられたクラスメイトの若干引いた目には地味に傷ついた。もうおうち帰りたい。


全種目を終了した私たちは先生による結果発表を待っていた。
トータル数値によりランキング形式にまとめられた結果を表示した先生は
「ちなみに除籍はウソな。君らのやる気を引き出す合理的虚偽」
とのたまい、ハッと小馬鹿にしたように笑った。
綺麗な歯並びの目立つ笑顔がホログラムの向こうに透けて見える。

「はーーーーーーーーー!!!!??」
怒りと驚きとその他いろいろの混ざった叫び。
百ちゃんを含む何人かは落ち着いていたが、完全に信じきっていた皆、特に最前列3人のリアクションが面白い。トータル最下位でずっと顔色の悪かった緑谷くん(とさっき相澤先生が呼んでいた)なんかはこっちが心配になるほどのやばい形相だ。

結果を表示するホログラムを眺めると、私は百ちゃんに次いで2位だった。最下位はないと思っていたが、予想していたより遥かに上位だった。マジか。
百ちゃんに素晴らしいですわと褒められたけど、彼女はぶっちぎりの1位だ。
ソフトボール投げでは1km超えを見せていた彼女の方がよっぽど素晴らしい結果だろう。体力はほぼ関係なかったけど。

まあでも2位とは、幸先がいい。引き気味の視線を浴びた甲斐があったというものだ。
ちくしょう、全然嬉しくない。


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ムキムキとは言うけどボディビルダーみたいな感じではない。ダイエット商品のテレビショッピングに出てくるお姉さんくらいのイメージ。
普通の女の子と並んだら違うとわかるけど、運動やってる男の子と並んだら普通に見えるようなバランス。



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