跳躍のために屈身をせよ



「青山くん」
「芦戸」
「…芦戸じゃないか」
「えー」

そろそろただ観戦するのも気分が弛んできたので(というかさっきの対戦が戦闘ではなくプレゼンだったのが原因だ)、対戦でどちらが勝つか予想しあっている。
「なんで?あの2人そもそもリーチが違うじゃん」
「芦戸の運動神経すげェぞ、距離詰めたら圧勝だろ」
「青山はレーザーの持続時間が短い。攻撃の間に隙が出来るだろう」
「うーん…口田くんはどう思う?」
「!?」
今までやんややんや喋っていた私たち(主に私と峰田くん)と対照的に、静かに試合を見ていた左隣の口田くんは突然話しかけられてびっくりしていた。ごめん。
そういえばこのメンツ、USJに行くときのバスでも一緒だった気がする。

口田くんはジェスチャーで「速攻で勝負をつければ、青山くんに分があると思う」と伝えてくれた。
「口田くんジェスチャーめっちゃ上手いね」
「…!」


THOOOM!!
やはり先手を打ったのは青山くんだ。開始と同時に仕掛ける。
が、三奈ちゃんも警戒していたのだろう。身を躱してレーザーを回避…しかしすかさず青山くんが畳みかけるので、防戦一方といった風情だ。

それにしても青山くん、あのポーズしないとレーザー打てないのだろうか…?

青山くんの乱射を躱し続ける三奈ちゃんは、確かに運動神経に優れているように見える。
青山くんが先に崩れるか、三奈ちゃんのスタミナが尽きるかの持久戦になるかな…とうっすら考えたとき、三奈ちゃんの右手から酸が投げられた。
それは青山くんのベルトに吸い込まれるようにヒットして、レーザーの射出部分がジュッ、と鳴いた。
青山くんが慌てた一瞬に、三奈ちゃんが1歩、2歩、3歩…で、今度は左拳が顎を突き上げる。
「おりゃおりゃおりゃりゃ〜〜〜〜!!!」

青山くんは天を仰ぎ、膝から崩れ落ちて…
「青山くん行動不能!!」ミッドナイトの審判が下りた。

「ああ〜…青山くん…」
「な?芦戸の運動神経すげぇだろ」
「なるほどなあー…私三奈ちゃんは攻撃に個性使わないと思ってた…」

三奈ちゃんは普段トラップや移動にばかり個性を使っていたし、人に使ったら危険というのも聞いていた。
いつかの訓練の後、「薄めれば平気なんだけど、私テンパると加減できなくなっちゃうからさ!あんまり人に向けないようにしてんだ」と教えてくれた、困ったような笑顔が忘れられない。
そのせいで、戦闘で攻撃手段に直接酸を使うという発想が抜け落ちていた。
「そうだよね、相手の攻撃手段奪うよねまず…人に向けないって言っても装備の破壊くらいならいくらでも…」
「緑谷みてーになってんぞ」
「緑谷くん?」
峰田くんの指さす先には、ブツブツと呟きながらすごい勢いでノートに何か書いている緑谷くんの姿。
「なにしてんだろ」
「知らねえの?あいつノートにめっちゃ他人の個性とか戦い方とか研究して書いてんの」
「なにそれすごい」
あとで見せてほしい…ダメかな。

「勝ったよー!!」
退場した三奈ちゃんがぶんぶんと手を振ってギャラリーに上がってきた。青山くんはさっきハンソーロボに担がれていったから、今頃リカバリーされている頃だろう。
「お疲れ三奈ちゃん、おめでと!」
「おめでと〜」
「サンキュー!次まだ始まってないよね?私次勝ったほうと戦うから見ときたいんだけど」
言いながら、途中で経営科から買ってきたらしいジュースを片手に、ねぎらいの言葉をかける透ちゃんの横に腰かける。
「うん、今始まるとこ…あ、百ちゃん!」
「次は八百万じゃねえか?」
「私も百ちゃんに1票」
「…常闇」
口田くんも、障子くんと同じく常闇くんと予想しているらしい。口田くんは確かUSJで常闇くんと共闘していたっけ。多分常闇くんの強さを知っているのだろう。
常闇くんは確かに強いけど、百ちゃんはさっき自信ありげにしていたから、きっと何か勝機があるに違いない。

『START!!』
マイクの合図の瞬間、百ちゃんが一気に装備を生み出した。

そして踏み出す……間も無く、常闇くんの黒影に阻まれ、掴まれて、ほとんど一瞬で場外に押し出されてしまった。
「八百万さん場外!!」

「は……」
速攻場外。あまりにもあっけない幕引きに、何が起こったかわからない…というか、信じられないといった表情で呆然と立ち尽くす百ちゃん。
その手には使われることのなかった武器が、所在なげに握りしめられていた。

「……私っトイレ!!!」
「おー」
選手の退場と同時に立ち上がった私に、さっき行ったばっかりだろ、とは言わず知らんぷりをしてくれる。やっぱり彼、男前じゃないか。
「峰田くん大好き!」
「マジかよ!?よし今夜ウチに来い!」
「やっぱり最低!!」


「百ちゃーん」
「……由有さん?」
百ちゃんのいる控え室のドアをそっと開けると、椅子に座ってうなだれていた百ちゃんが顔を上げた。

「お疲れ様」
「ええ、ありがとうございます…」
元気がない。百ちゃんは私と同じでわりと顔に出るタイプだ。始まる前は意気込んでいたのに…さっきの敗北が堪えたのか、それとも敗北そのものが理由ではないのかもしれない。
「元気ない?」
私の問いに、「いえ……」と言いかけて、訂正する。「…ええ、少し」

「ひとりの方がいいかな」
「あ、いいえ…大丈夫ですわ」
私に対して強弁はやめた。きっとそれは、弱味を見せてもいいと思ったからだ。と、勝手に思うことにするよ。

「残念だったね」
ぽん、と頭に掌を載せて、よしよしと撫でくる。いつもなら背の高い百ちゃんに私がされる方だけど、百ちゃんが座っているから今は私が撫でることができた。

「……騎馬戦で」
「うん?」
一度グスッと鼻を鳴らし、うなだれたまま、ぽそぽそと話し始める百ちゃんに耳を傾ける。

「騎馬戦で…轟さんと、緑谷さんが競り合った時、私、常闇さんとぶつかったんです」
「うん」
「そこで、急拵えの創造で…確かに手応えがありましたの。だから…私、これなら勝てると思って」
「油断した?」
「そんなつもり…ありませんでしたわ、けど、思い返せば、そうです。私、常闇さんを甘く見て、実力を見誤って…自分を過大評価して、」
だんだんと口調に熱が入ってくる。次々と吐き出すように言葉をつなぐ百ちゃんは、きっとショックだったのだ。

「私、私…悔しいんじゃないんです。これは当たり前の結果なのですわ、相手を見くびって…手を尽くさなかった私が、負けて当然なのです」
「……」
「私は、今まで自分ができる人間だと、優秀で、実力のある人間だと自惚れていて…本当は、私、全然すごくも、立派でもないんだって…」
「……うーん、そうだね」
「…!」
否定を待っていたわけじゃないだろうけど、肯定されるとも思ってなかったのだろう。百ちゃんは驚いたような、傷ついたような顔で私を見上げる。

「そうだよ、なんでも全部最初から完璧にできる人なんていないよ。百ちゃんは頭がよくて個性もすごいけど、1対1の正面戦闘は少し苦手なのかもしれないね」
「……」
「でもいいんだよ、誰にでも得手不得手ってあるじゃん。たまごだもん、未熟でいいんだよ、今はまだ」
私たちは、まだそれを許されている。いつか、名前も知らないおまわりさんに言われたことだ。
「大丈夫だよ!今日失敗したから、もう同じ失敗はしないでしょ?自分のダメなとこがわかったんなら、明日からもっと頑張れるよ」
「…由有さん」
「いっぱい間違えて、いっぱい自分のダメなとこ思い知ったら、その分強くなれる余地があるってことだよ」

Plus Ultra…真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者。

「だから行こ?一緒に試合見ようよ、常闇くんや、他の皆が戦ってるのいっぱい見たら、今度は打開策見えてくるかもだよ」
膝に置かれた百ちゃんの両手を取って、椅子から立ち上がらせる。
「…ええ、そうですわね」
「うん」
「由有さん」
「ん?」

ぎゅっ。抱き寄せられて、百ちゃんの胸に埋まった。
「おお?」
いつもと逆だ…百ちゃんも自分から人にくっついたりするのか。むぎゅう、と抱き返す。
「…ありがとうございます、少し、元気が出ましたわ」
「そお?よかった」


せっかくなので手を繋いでギャラリーに向かう途中、飯田くんと緑谷くんにばったり会った。2人は、お茶子ちゃんの控え室に行っていたらしい。
「手繋いでるの?乱架さんと八百万さん、仲いいね」
「いいでしょ?2人も繋いだら」
「うむ!緑谷くん、是非!」
「ええ…」

2組で手を繋いでギャラリーに戻る。飯田くんと緑谷くんが手を繋いでいるのを見た峰田くんが間髪ゼロで「キメェ」と言い放ったので、緑谷くんはしばらく落ち込んでいた。



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