観戦側は身軽でいい



『成績の割に何だその顔、ヒーロー科緑谷出久!! 対 ごめんまだ目立つ活躍なし!普通科心操人使!!』
歓声に包まれてフィールドに入場してきた2人。マイクの言ったように緊張している様子の緑谷くんと、余裕そうに見える心操くん。
緑谷くんが自信なさげなのはいつもだし、対戦となるとあの反動のでかい個性を使うことになるからそれを恐れてのことかもしれないが、心操くんは個性もわかってないし未知の部分が大きいせいか、態度も相まって強敵っぽい様相だ。

フィールドアウトか行動不能、もしくは降参を取れば勝利。ケガは気にせず戦って構わないが、あまりにも道徳に反するようなクソプレイはアウト。マイクの短い説明が響く。
時間制限はないようだ。つまり場合によっては長期戦の泥仕合も予想されるということ。
途中で休憩あるといいな。一部始終見逃したくないし。


『そんじゃ早速始めよか!!
レディィィィィイSTART!!』

号令とほぼ同時に先手を打った。ように見えた緑谷くんは、何か叫びながら一歩踏み出した瞬間にぴたりとその動きを止めてしまった。

何が起こったのか…会場にいるほとんどが呆ける中で、前列の尾白くんだけが頭を抱え、苛立たしげに尻尾をビタンビタンと振り回している。
「あああ緑谷、折角忠告したってのに!!」

『緑谷完全停止!?アホ面でビクともしねえ!!心操の個性か!!?全っっっっっっ然目立ってなかったけど彼、ひょっとしてやべえ奴なのか!!!』

「お、尾白くん!心操くんの個性って何?」
暴れる尻尾を掴んで話しかけると、焦った様子で「いや、詳しいことはわからないんだけど…」と前置きした上で、恐らく洗脳の類だろうと教えてくれた。

「奴の問いかけに答えると意識がハッキリしなくなるんだ、そんで心操の命令に強制的に従うようになる。騎馬戦で俺、チーム決めの時に洗脳かけられて…」
成程。洗脳…さっき緑谷くんは挑発されて叫び返したのか。

アナウンスで相澤先生の解説が入った。曰く、心操くんはヒーロー科実技で不合格になったそうだ。それも見越して普通科も受験していたらしい。
『あの入試内容じゃ、そりゃP稼げねえよ』
ロボットは洗脳できない、他人を使っても自分にPは入らない…仮想敵を行動不能にするあの入試では、個性がまったく活かせなかっただろう。

…彼がどうしてヒーロー科を敵視していたか、この体育祭に何を懸けているのか。少しだけわかった、ような気がする。

「振り向いてそのまま場外まで歩いていけ」
心操くんの命令に素直に踵を返して、来たばかりの道を引き返していく。
私は緑谷くんも心操くんも応援しているけど、こんなあっけない決着で終わってしまうのはあまりにも酷だ。
別に怪我をして欲しいとか、そういうわけじゃなくて、折角本戦に上がれたのに…

緑谷くんが場外ラインを超える寸前…バキ、と何か重い嫌な音がした。同時に起こった風圧で彼の腕が振り抜かれる。
『緑谷!!とどまったああ!!?』
ライン手前でなんとか足を留めている。何が原因なのか判断しづらいが、恐らく洗脳が解けたようだ。
振り向いた緑谷くんの左手は、指が赤黒く変色して力なく垂れ下がっていた。途端、ぞわりと悪寒が走る。
「……折れてる」
「すげえ…無茶を…!」


「何で…体の自由はきかないハズだ、何したんだ!」
問いかけに、今度は答えない。黙ったままじりじりと近付く彼に、心操くんは話し続けた。
「なんとか言えよ」
「指動かすだけでそんな威力か、羨ましいよ」
「俺はこんな個性のおかげでスタートから遅れちまったよ、恵まれた人間にはわかんないだろ」
「誂え向きの個性に生まれて、望む場所へ行ける奴らにはよ!!」

応えた相手に発動する個性だ。心操くんは話しかけるしか打つ手がない。
緑谷くんが挑発に乗るように言葉を選んでいる、けれど、きっとあれは彼の本心から出る言葉であることも間違いないだろう。
しかし答えない相手には、成す術がないのだ。

「なんか言えよ!」
掴みかかられた心操くんが、初めて手を出した。攻撃というよりは…抵抗のように見える。
単純に、個性を考えずに戦闘となると、元々対人戦闘能力の高いうえ、ひと月ヒーロー科で訓練を受けた緑谷くんの方が圧倒的に勝ちの目があるだろう。
対して心操くんは殴り合いのひとつもしたことがなさそうだ。あとは見ていればわかるが、彼の身体能力は高くはない。
力押しがきかない戦いは、経験の差がモノを言う。緑谷くんの顔を押しのけた腕はそのまま掴まれ、長身が宙に大きく弧を描いて……

「心操くん場外!!」
ミッドナイトの審判が下る。投げられた心操くんの足は、フィールドラインを超えていた。
「緑谷くん二回戦進出!!」

マイクの言入れに促されて、ギャラリーからまばらに拍手が上がる中、1回戦は締めくくられた。
「ちょ、っと…私トイレ行ってくる」
「すぐ2回戦始まるぞ乱架?」
「んー…」
止めようとする峰田くんに生返事をしつつ、ギャラリーを離れた。


「しん、そー、くん」
選手控え室を覗くと、椅子にもたれて脱力している心操くんが見えたので、そっと大股で近付いてみる。
「……なんだよ」
笑いに来たのか、と顔を俯けたまま低い声で吐き捨てられる。ただこれは、泣き声を隠すための虚勢だろう。

「い―――
……っあ。

いや、と言おうとした口は「い」を発音したところで止まった。頭にモヤがかかったようにぼやっとしている。これが彼の個性か。いやなんで今?

「…お前も、普通に答えるんだな」
ふっ、と意識が晴れて、硬直していた身体が自由になる。人のこと試すのよくないよ!

「…イヤ私予選落ちしてるし。心操くん笑える立場じゃないよ」
「じゃあ何しに来たんだよ」
「えー…おつかれーって労いに来た。ホラ友達ですし?」
途中で買ってきたスポーツドリンクを未だ俯いたままの頬にひっつけると、「つめて」と一瞬肩を揺らして、漸く私に目を向けてくれた。やはり、その目は赤い。

「おつかれ」
「……おう」
ドリンクを渡して、椅子に座る彼の横にしゃがみこむ。
「今の心操くんの個性?すごいじゃん、ヒーロー向きで」
「は?」
「え?」

「……馬鹿にしてんのか」
「はあ?心操くんなんですぐそういうこと言うの?へそ曲がってんの?人の言葉は素直に受け取れよー」
さっき彼が叫んでいた。羨ましい、こんな個性、恵まれた奴ら…これまで個性について周りからどんな風に言われてきたか、彼が自分の個性をどんな風に見ているのか。
私にはその全てを察したり、理解することはできないけれど、ただ馬鹿みたいに、すごいって思ったことを伝えることだけはできる。

「…お前、洗脳だぜ?悪いことし放題とか思わねえのかよ」
「悪いことすんの?」
「……いや…」

「個性って使い方次第だよ、人を救けるのに使えばヒーロー、悪いことに使えば敵。そこの違いって個性の種類じゃなくて、その人の人間性じゃない?」
「そりゃ…そうだな」
「心操くんさっきすごかったじゃん。成功してれば一発速攻無傷退場って、ヒーローになったらたくさん実績挙げられるでしょ」
人を傷つける個性や攻撃的な個性は使い方だけでなく、加減をしなければ大きな間違いが起こる可能性がある。心操くんの「洗脳」は、言葉だけで相手の行動を操作できる。
一切人を傷付けずに敵を抑えられるなんて、それってすっごくヒーローらしいじゃないか。

「私は、心操くんみたいな個性のヒーローが居たらうれしいなあ」
「……そうかよ」
「うん。試合は残念だったけど、編入まだ諦めてないでしょ?」
「当たり前だろ」
「ヒーロー科でさ、私待ってるよ」
「…ああ」

「というわけで連絡先交換しませんか」
「用件それかよ」
いや違うよ、労いに来たんだよ。でも連絡先知らないなあって思ったんだよ。いい機会だし、と携帯を出すも、「俺携帯更衣室」と振られてしまった。
「えー…」

「手出せ」
「手?」
なに?と首を傾げながら携帯を持っていない方の手のひらを見せると、机に転がっていたペンで落書きをされた。

「うわあああなにすんの!それ油性じゃん!」
「俺のアドレス。あとで連絡しろ」
「えっ、あっ…やったあ、ありがとー……って普通に紙とかに書いてよこしてよ!」
「うるせえ」
「痛ってぇ!」
べしっ、とアドレスの書き終わった手のひらを叩かれた。暴力はやめよう!

「心操ー、」
「あ」
「あ?」
普通科の、心操くんの応援をしていた人たちがぞろぞろと入ってきた。これは私お邪魔かな…
「じゃあ私行くね、またね」
「ああ」

視線を浴びつつそそくさと控え室を出て行く。扉を閉める直前、「何あいつ」と聞こえて肩を竦めたが、「…友達」と心操くんの声が扉の向こうから小さく耳に届いた。
友達、友達だって。へへへ…



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