お嫁に行けません



「由有さん!見つけましたわ!」
どたどたと走ってきた百ちゃんはじめA組女子数名に面食らいながら、スープの最後のひとくちを飲み込んだ(私はラーメンのスープは残さない派だ、そうでなくてもランチラッシュ特製スープはそんじょそこらのラーメン屋のものよりおいしいし、身体が冷えているから温かいスープはありがたかった)。

「どうしたのさ、なんかあった?」
「相澤先生からの指示ですわ!急いで来てください!」
「え、待って私食器片付けなくちゃっ…!うわあああああ」
ずるずると引きずられる私に「俺が持ってくから行ってこい」と苦笑する瀬呂くんは何か事情を知っているようだ。
ならば優先すべきは相澤先生の指示である。遅れたりすれば何が待っているかわからない。瀬呂くんへのお礼もそこそこに、更衣室へと駆けた。


「失礼しますわっ」
「オアアアアア!?」
更衣室の扉を閉めるか閉めないかのうちに突然ジャージを剥ぎ取られ、インナーを引っペがされる。ものの数瞬で下着姿へと早変わりさせられ、その1秒後には、百ちゃんの手から創造された衣装に包まれ私はチアガールへと変身していた。

「こ、これは一体…?」
普段なら恥ずかしがるところだが、あまりの目まぐるしさにただ呆けることしかできず、ぽかんとしたアホ面と棒立ちのまま問う。そんな私の手に鮮やかな黄色いポンポンを創造しながら「女子は午後この格好で応援合戦をするらしいのですわ」と簡潔に教えてくれる百ちゃん。
そんな連絡なかったし、そういうのってもっと事前に通達されるものじゃないのかな?と首をひねるが、いつの間にかチアガールへと変わっていた三奈ちゃんに髪を結んでもらううちに、もうこの流れに抗議できる雰囲気ではないという諦念に疑念が押し負けた。

「よしできたー!乱架ポニテも似合うね!可愛いよ!」
にこにこと眩しい笑顔の三奈ちゃんが、手鏡と姿見の合わせ鏡を駆使して完成したヘアスタイルを私に見えるようにしてくれる。百ちゃんが出したらしい可愛いシュシュで高い位置に括られている髪は、丁寧に梳かれたおかげかいつもよりまとまって見える。
「ありがとう、三奈ちゃんもかわいいよ…っていうかあとで写真撮らせてみんな!」
正直この格好はかなり恥ずかしいものがあるけど、お互いに髪の毛をいじり合ったり、こうしてバタバタしているのってなんか学生〜!って感じですごく楽しい、私いま最高に女子高生してる!なんか女子高生っぽいオーラがすごく出てるはず!


…と、はしゃいでたのも束の間、デイドリーム、泡沫の夢……

『どーしたA組!!?』
揃って完全に表情を失い死んだ目をしている私達の鼓膜を揺さぶるのは、プレゼント・マイクの驚き半分茶化し半分の叫び。
どーしたんだろうね。私が聞きたいね。
女子は全員応援合戦と聞いていたのに、チアガールの格好をしているのはA組女子7人だけ。すぐ隣のクラスのB組の面々でさえ、引き気味にこちらへ視線をくべている。

相澤先生の「なーにやってんだ……?」という声が聞こえたが、相澤先生の指示ではなかったのか、これは。
「峰田さん上鳴さん!!騙しましたわね!?」
拳(とはいえ応援用の黄色いポンポンが握られているので、些か迫力に欠けるが)を突き上げ峰田くんと上鳴くんに怒鳴る百ちゃんを見て、大体のいきさつは理解できた。あの2人組に乗せられて騙され、こんな格好をするよう仕向けられたのだろう。
諸悪の根源は親指を突き立てて、満足そうに息を荒らげている。後で殴ってやろうと誓った。

「何故こうも峰田さんの策略にハマってしまうの私…」とうなだれる百ちゃんの背を叩いて慰めるお茶子ちゃん、悪態をつきながらポンポンを投げ捨てるじろちゃん、ノリノリの透ちゃん、ツッコミの梅雨ちゃん。
それらを眺めつつ、ギャラリーからの「由有ー!由有なんたらそんな恰好してっぺ―――!?」という野太い声に聞こえないふりをする私。

「由有めんこいっぺよー!あとで事務所の皆さも見せっかんねぇ!」
「やめて!撮らないで!!撮るなでばや!!!」

くっそう!やっぱりおかしいと思ったんだ!と地団駄を踏んでも最早後の祭り。この痴態はリアルタイムで中継され、マヌケな私たちの姿が全国のお茶の間へと配信されてしまったことだろう。ああ、せめてせいぜい笑ってやってくれ…
そして私は静かに、もうお嫁に行けないなと自らの運命を嘆くのだった。お父さんお母さん、孫の顔を見せられなくてごめんね…

私が将来を諦めているうちに、主審によってトーナメントの抽選がアナウンスされる。予選突破した面々がいきり立つ中、ミッドナイトの説明を遮って尾白くんが声を上げた。

「あの…!すみません」
手を挙げる彼に視線が集まる。一拍おいてその口から放たれた「辞退します」というひとことに、会場がざわつく。

「騎馬戦の記憶…終盤ギリギリまでほぼボンヤリとしかないんだ、多分奴の個性で…」
眉間に皺を寄せ話す尾白くん。尾白くんは確か、心操くんの騎馬をやっていたはずだ。
さっきも気になったけど、心操くんの個性って知らないなぁ…宣戦布告しに来たくらいだから自信があるんだとは思っていたものの、実際ここまで勝ち上がってきているし、強力なものには間違いない。

1分足らずで1チームのハチマキを全部奪うだけの能力とは…そういえば、ハチマキをとられた鉄哲くんチームも「何が起きたのかわからない」って言ってたな。
一体どんな個性なんだろう…と視線を向けると、ふいっと目を逸らされてしまった。な、なんだよ!友だちだろ!?


「チャンスの場だってのはわかってる、それをフイにするなんて愚かな事だってのも…!」
皆が争ってきた座に、わけもわからず就くことはできないと悲痛な表情で語る尾白くん。
透ちゃんや三奈ちゃんがフォローに入るが、自分のプライドがそれを許さないのだと目頭を押さえる彼にかける言葉が見つからず、私はただ黙っていた。しかし震えながらも、その直後「あと何で君らチアの恰好してるんだ…!」とツッコミを入れてきたのには硬直するしかなかった。

その後もう一人、心操くんと組んでいたB組のちょっと丸めの男子も棄権を申し出た。実況は主審に判断を仰ぎ、その主審…ミッドナイトは威勢良く鞭をしならせ「好み!!!」と言い放ち二人の棄権が認められた(曰く、B組の男子は庄田くんと言うらしい)。

ちなみに青山くんは出場するらしい。そういえば青山くん、お腹はもう大丈夫なのかな…?

2人が棄権したことで2名分の枠が空くことになる。そこにB組の拳藤チームが入るはずだったが、拳藤さんの提案により鉄哲くんチームにその権利が譲られた。
百ちゃんにちらりと聞いたことがある、拳藤さんはB組の学級委員長で、情に厚く面倒見の良い人なのだと言っていた。なんというか、姉御肌というべきか。

さっきからホイホイと皆出場を讓るが、私だったら出来そうもないし枠が空いたらねじり込む勢いで入りたくなるだろうなと思う。みんな人間ができているというか、私ってば精神的に未熟なのかもしれない…


繰り上がりの2人も含めて16人でくじ引きを行い、中央モニターに16名のトーナメント表が表示された。なんとはなしに百ちゃんの名前が真っ先に目に付く。常闇くんが相手なのか、手強そうだな…
しかし百ちゃんは自信がありげな様子で口角を上げていて、おやと片眉が跳ねた。それよりも、百ちゃんの隣のお茶子ちゃんが真っ青な顔をしているのが気にかかる。
いったい誰と当たったのかとトーナメント表で「麗日」の名前を探すと、右端の方に発見できた。なんと、一回戦でいきなり爆豪くんとぶち当たることになっている。

「うわぁ……」
「な、なんでよりにもよって…!」
「運が悪かったとしか言えないね、ご愁傷様」
「爆豪くん怖いよ…」
「あ、私が代わろうか!?」
震えるお茶子ちゃんに食い気味で提案すると「い、いやそれはちょっと…」と引かれてしまった。
「冗談だよ、半分」
「半分本気なんやね!?」

私たちのように茶化し合ったり出場メンバー同士何か作戦を立てている中、プレゼント・マイクのアナウンスが響く。
『よーしそれじゃあトーナメントはひとまず置いといてイッツ束の間、楽しく遊ぶぞレクリエーション!』



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