友だち1号はわたし



「ああ、もう!1本ずつ取るんだった!」
体育祭前日。いつものように廊下の自販機で、気合いを入れようと今日はパック牛乳を2本買った放課後。
ガコガコ立て続けに落ちてきた牛乳が、運の悪いことに取り出し口の中で重なってしまった。扉は半分しか開かないし、手は入らないしで取り出すのに苦労した。
やっとの思いで牛乳を回収し、教室へ戻ろうと身を翻す、と。さっきまで誰もいなかった廊下に、生徒が1人。こっちをじっと見つめていた。
うーわあ、誰もいないからって油断してめっちゃでかい声で独り言喋っちゃったし、今のアホみたいな一連の流れ見られてた?

恥ずかしいのでさっさと行こうと思ったら、その人が私の方にまっすぐ歩いてきた。もしかして私に用事があるのだろうか、と立ち止まる。
あ、これポケモンで道路にいるトレーナーとエンカウントした時のアレに似てる。

「あんた、1Aの生徒だよな」
「……あ、えーと、普通科の人」
脳内であのテレレレテレレレというBGMが巡りだしたのを遮られ、その生徒に話しかけられる。誰かと思ったが、あれだ。2週間前に教室へ宣戦布告しに来た歯並びの綺麗な彼だ。今日も隈がひどい。
「1Aの生徒」、という言葉に「ヒーロー科」の響きが含まれていて、なんだかなあと思ったけど表には出さない。

「なにか用かな?」
「イヤ、あんたに直接用があるわけじゃないよ。暇そうなヒーロー科の生徒がいたから、何してんのかなと思って眺めてただけ」
暇じゃないわ失礼な。確かにアホみたいなことはしてたけど。ていうかなんだ、ヒーロー科とふれあいたいのか。

「ふーん?乱架由有です、よろしく」
「…あんたとよろしくするつもりはないけどね」
「えっ」
なんだこいつ。話しかけてきておいてこのやろう。

「…そんなこと言わないでよ、仲良くしよーよ」
「…俺こないだあんたらに宣戦布告した気がするんだけど、忘れたの?」
「それはそれ、これはこれ」

「………なんだよそれ、余裕のつもりか?調子乗ってっと足元掬う、ってこないだ言ったよな。普通科の戯言だと馬鹿にしてんのか?せいぜいそうやって油断してろよ…俺は本気で勝ちに行くからな」
…なんかすごく怒っていらっしゃる。馬鹿にしたわけじゃないんだけど、ヒーロー科嫌いすぎじゃないかしらこの人。
あ、他のクラスの人たちには1A=爆豪くんのイメージ付いちゃってるもんな!風評被害だ!

「違うよ、なんか誤解されてるみたいだけど、ヒーロー科だからって他の科の人たち馬鹿にしてるとかそういうのないから」
「どうだかな。この間教室に行った時は思いっきりモブ呼ばわりされたんだけど」
「ちがうって!A組みんなが爆豪くんみたいな奴だとか思わないでよ!爆豪くんはクソを下水で煮込んだような性格d「はーん」
がしっ、と頭を掴まれ、背後から聞こえた声に体中の汗腺が全開になった。

「テメエこのクソモブが…いい度胸じゃねえか」
「ばばばばばばくごうくんどうしてこんなところに」
「俺が自販機に用事があっちゃいけねえのか」
ギギギギ、と油の足りていないブリキ人形のように首を回せば、口角も目尻も80度くらいに吊り上がった…もはや敵フェイスのクラスメイトが私を見下ろしていた。
そしてモブって、まだ名前を覚えられていないらしい。

しかしまずいこれ。このまま頭蓋を丸焦げにされて死ぬルートしか見えない。神聖な学び舎でとんだスプラッタだ。
お、お父さんお母さん先立つ不幸をお許し下さい…
「…って、し、死んでたまるか!!」
「あっ!待てゴルァ逃げんじゃねえ殺すぞ!!!」
「逃げなくても殺すつもりだったじゃんか!?」

隙を突いて彼の手から逃れ、普通科の人の手を掴んで、走ってその場から逃げ出した。
爆豪くんはしばらく追って来たが、単純な競争なら私の方が走るのは早い。なんとか撒いて逃げ切れた。
廊下を走っている途中、飯田くんに遭遇しなかったのは僥倖だ。


「はぁ、はー…怖かったぁ…」
膝に手をついて息を整える。あのくらいの距離なら平気なのだが、普通科の彼を引っ張って走っていたので予想以上に疲れた。彼、結構足が遅いんだもの。
「ごめん、大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃねえよ…ふざけんな…」
半ば引きずられていた彼を見上げると、私よりよっぽど疲れた顔をしていた。壁に体を預けてズルズルとしゃがみこむ。
体力つけろ。

「これだからヒーロー科の奴は…」
「まだ言うか。だから、きみはヒーロー科を誤解してるって」
「……」
「私だって体育祭で絶対勝つつもりだけど、それはきみを馬鹿にして、余裕で勝てるとか思ってるわけじゃないよ。言ってたじゃん、他の科の人たちだってヒーロー志望結構いるんだったら、侮れる相手じゃないってのはわかってるつもりだよ」
「じゃあなんで、俺と馴れ合おうとすんだよ」
「なれあい…って思うなら、それでもいいけどさ…だってきみも、ヒーロー科編入狙ってるんでしょ?もしかしたら今後同じクラスになるかもしんないし」

「…自分は落ちないとでも思ってんのか?大した自信だな」
「…自信じゃないけど、だから、私だって負けるつもりで挑むわけじゃないんだよ、絶対勝つ。私、ヒーローになるためにここにいるんだもん」

「……ヒーローになるために、か…俺だって、俺だってな、」
何か我慢ならないといったふうに拳を握って、唇を噛み締める彼の言葉を「だから、」と遮ってその拳をそっと手に取る。
びくりと強ばって、私を見下ろす目をまっすぐ見つめた。

「きみのことも対等だと思ってるし、仲良くなれたら嬉しいかな」
「……は、変な奴」
「し、失礼な」
ぱっと手を払われてしまったけど、その声色は柔らかく、さっきまでの敵意は感じられなかった。

「心操人使」
「へ?」
「心操人使だ」
「あ、心操、くん?」
「うん」
「心操くんね。よろしく」
もう一度手を差し出して無言で握手を求めると、少しの逡巡の後に手を伸ばされた。やった、と思ったらパンッと強めに弾かれてしまう。
「あだっ!?」
「はは、」
「地味に痛い!なんなの!」
さすさすと叩かれた手を摩っていると、また手を出されたので身構える。
「明日、負けねえから」
叩かれるかと思ったその手は今度こそ私の手を握って、ようやく握手をしてくれた。最初からそうしてよ。
「ん、私も本気でやるから、お互いがんばろ」

雄英体育祭まで、あと1日。


「そうだ、お近づきの印に牛乳を1本あげよう」
「いらねーよ。」
「よく考えたら2本もいらないんだよ、もらってよ」
「やだよ、しかもだいぶ温くなってるじゃねえか」
「マジだ…余計いらない……」
「なんでいらねーもん買ってんだよ、それ以上乳でかくしてどうすんだ?」
「!?…へ、変態!違いますし!骨密度を増すために飲んでるんですしおすし!」



-----
かっちゃんに名前を覚えてもらえない夢主。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -