阿鼻叫喚ブレイクタイム



「乱架ー、これやるよ」
昼休み、食堂から教室に戻ってきた私にぽん、と渡されたのは私がいつも飲んでいるパックの牛乳。
疑問に思って顔を上げると、同じ自販機で売っているパックのジュースを持った上鳴くんだった。

「…ありがとう?」
「なんで疑問形だよ!」
「いや、急にどうしたのかなって…」
「さっきジュース買ったら当たりが出てよ、一本タダになったんだ」
「そういうことか。でもなんで私に?」
「乱架、ソレ好きだろ?いつも飲んでるじゃん」
「好きじゃないよ」
「えっ!?」
私は確かにいつも牛乳を飲んでいるが、別に好きなわけではない。カルシウムを摂っているだけだ。
飲まなくていいなら別にわざわざ飲まない。

「じゃあソレいらねえ?」
「あっ、ううん、どうせ買って飲むつもりだったから。もらうよ、ありがとう」
「おう!ていうか牛乳好きじゃねぇなら何が好きなん?」
「オレンジジュース…」
「へー!かわいいな!」
「かっ…!?」
なんだと、可愛い?アレか、ゴリラのくせに可愛い趣味しやがって身の程をわきまえろってことか、オレンジジュースが可愛いのかはわかんないけどごめんなさい死にますね!!

「ごめん…」
「なんで謝んだよ?」
「わ、私なんかが可愛いもの好きで…」
「イヤ何言ってんだよ!乱架可愛いんだから大丈夫だって!」
「!?」
可愛い!?わ、私を可愛いと言った!?いや騙されるなこれは都会の社交辞令なんだそうでなくても上鳴くんはナンパ男だから誰にでもそんなことを言うに決まってるちょっと口をついて出ただけで本当に私のことかわいいだなんてそんなはずはだって私可愛くないしゴリラだし体重65kgだし可愛いとかそういう「乱架、顔まっかだぞ」
「!!!」

バッ、と両頬を押さえる。熱い、パックの牛乳がめちゃくちゃ冷たく感じる。ダメだ、恥ずかしい。なんか変な汗かいてきたし…
「み、みないで…」
真っ赤になってるらしい顔を見られないように俯く。
「なんだ乱架ー、めっちゃ可愛いじゃん!」
「や、やめ、かわいくな、い、から、」
わあああああこれじゃ可愛いって言われて喜んでるみたいじゃんか私!
違うのよこれは別に喜んでるとかそんなんじゃなくてそんな家族以外にそういうこと言われたことないから混乱しているだけでうわああああああ
落ち着け落ち着け、こういう時はお経を唱えて餅つくんだ。ペッタンペッタン。

「仏説摩訶般若波羅蜜多心経観自在菩薩行深般若波羅蜜多時……」
「えっなになに急に怖いやめて!!」
急にぼそぼそとお経を唱えだした私に上鳴くんがうろたえる。
目を瞑り、両頬をぺちぺちと叩くとだいぶ治まってきた。

「よっし、何の話だっけ」
「え、えーと(「可愛い」って言ったらダメなんかな)…じゃあ好きな食い物は?」
「……甘いもの…と、果物」
「じゃあさ、今度アレ行かね?スイパラ」
「スイパラ…だと……」
スイパラってあれか、スイーツのパラダイス、甘味の楽園か。定額でスイーツを食べ放題と噂に聞くあの伝説のヘヴン…!

「なあ行こーぜ、暇な時でいいからさ」
「………うん、いいよ」
まあ、牛乳を貰ってしまったし、断る理由もないし…決して、決してスイパラにものすごく行きたいとかそんなんじゃないんだから!
「よっしゃ!いつにする!?」
了承すると上鳴くんは小さく拳を握った。ああ、そういえば彼は女の子に片っ端から声を掛けては振られていたんだっけ。
もしかして彼の誘いに乗ったのは私が初めてなのだろうか。

「体育祭終わってからなら、いつでもいいよ」
「じゃあすぐ行こう!終わった次の休み!すぐ!すぐな!」
「わ、わかったわかった…」
すぐすぐと繰り返す彼に頷くと、彼はぴょんぴょん飛び跳ねてやったぜ切島!やっと!やっと女子とデート!!と騒ぎ始めた。

「…え、デートなの?」
そんなつもりじゃなかったんだけど、と近くにいたじろちゃんに話しかける。
「さあ?それよりさ乱架」
「うん?」
「乱架って可愛いよね」
「!?」
ようやく正常に戻りつつあった血流がまた一気に頭に上ってきた。かあああ、と赤くなった私を、じろちゃんが面白いものを見るような目で見ている。お、おもしろがられている!

「じ、じろちゃん、からかわないでっ」
怒ったふりをするが、相変わらず楽しそうに笑うじろちゃんは全く悪びれていない。
「イヤイヤからかってるとかじゃなくてさ、本当に思ってるんだけど」
「あ、う、」
「顔も可愛いけどね、そうやってすぐ真っ赤になっちゃうところとか」
「うああ…」
やめて、もうあの、お世辞でも冗談でもダメだ、それ以上言われたらパニックになる。

「ねえ、障子も可愛いと思うよね?」
「!?」
じろちゃんが前の席に座っている障子くんにまで話を広げる。急に話振られてびっくりしてるじゃんやめたげてよぉ!ていうかもうやめてくれよ!
「乱架。可愛いよね?」
「……」
障子くんは振り向いて、真っ赤な頬を押さえる私と意地悪く笑うじろちゃんとを複製した目で見比べた。いやもうほんとごめんね巻き込んでしまって…!

「…そうだな」
「!?」
「ほらあ、ね?障子が言うんだから間違いないって」
「ね?じゃないよ今の確実に言わされた感あったじゃん!ていうかその障子くんに対する過大な信頼はなんなの!?ごめんね障子くん変なことに巻き込んでお世辞言わされて本当に申し訳ない!!」
「いや、世辞じゃないぞ…」
「もういいよ!!無理すんなよ!そういうキャラじゃないだろ!やめろよ!私が惨めになるだろ!!」
「ぶはっ!乱架のほうがキャラ崩壊してるって!」
半ばパニックになって叫び倒す私にじろちゃんが笑い転げながら突っ込む。だ、誰のせいでこんなことになってると!

「あああああんもうやだああああああばかあああ!!百ちゃーん!助けて!みんながいじめるー!!へるぷみー!」
「由有さん!上鳴さんとデートだなんて私許しませんわよ!!」
「百ちゃん全然頼りにならねええええ!ややこしくなるから別の話混ぜるのやめて!」
「あっはっはっはっは!!お腹痛い!もうやめて!!」
未だ飛び跳ねて騒ぐ上鳴くんとそれをなだめる切島くん、ヒステリーの百ちゃんに掴みかかられながら真っ赤な顔で叫ぶ私、ひいひいと引き笑いを起こして机をバンバン叩き爆笑するじろちゃん。それらをただ眺める障子くん。
更に飯田くんが午後の授業が始まるぞ!席につけ!静かにしないか!!と俊敏な手さばきで入ってくる。
何このカオス!


教室に入ってきた相澤先生に仲良く縛り上げられるまで、あと50秒。

「ていうか百ちゃん、先週私とデートしたじゃん」
「そういう問題ではありませんわ、上鳴さんが許せないのです」
「みんな上鳴くんに風当たり強いよね」
「病み上がりでフラフラなのに縛り上げる手さばきに寸分の狂いもない…!さすがプロ…!」
「緑谷くん、メモしてるくらいなら助けておくれよ…」




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