百ちゃんとお勉強



体育祭が迫っている、と告知された翌々日は日曜日で、百ちゃんに誘われた私は市立図書館へ来ていた。
カフェが併設された広い図書館は、さすが都会といった感じだ。

待ち合わせのカフェを覗く(入るの怖い)と、百ちゃんは優雅にコーヒーを飲んでいた。
初めて見た私服も大人っぽいけれど可愛らしいもので、カフェの雰囲気も相俟って洗練された印象だ。モデルさんの休日を覗き見しているような気分になる。
私、あんまり着飾ってないけど大丈夫かこれ。あの美女の隣に立っても社会から許されるだろうか。

恐る恐る中に入ると、私に気付いた百ちゃんが席を立った。
「こんにちは、百ちゃん」
「ごきげんよう」
百ちゃんはカップを片付けて、もう一度レジへ。当日のレシートを持っていくと2杯目が半額になるのだと言ってエスプレッソを頼んでいた。エスプレッソ飲むのか、大人…!!
「家ではいつもお紅茶なのですが…カフェではせっかくなのでコーヒーをいただくようにしてますの」
「へぇ…私も紅茶好きだよ、コーヒーは飲めないんだ」
コーヒーは味も香りも私には少しきつすぎる。甘い抹茶ラテを注文した。

今日図書館に来たのは、まあ体育祭のための準備というか勉強だ。ドリンクを持って机を陣取り、たくさんの本と筆記用具を広げた私たちは仲良く勉強しているように見えるだろう。
しかし広げられた本はといえば、「世界の重火器大全」「鈍器と凶器」「人体解剖図」「動物骨格筋のすべて」などのタイトルが並んでいて物騒極まりない。

百ちゃんは武器を見ては片っ端からそれに使われているパーツの材料をメモして、頭に入っているらしい分子構造を並べて書き出しているので、ちょっと見るとものすごく難しい数式のようだ。
私は私で、人体の骨格と筋肉の配列をスケッチしてそれを動物の骨格筋と比べて、更に自分の体重や物理演算によってどう動けるかを考えてみている。

例えば羽を生やした時、羽を作るために別の部分から骨と筋肉を持ってくるため、その部分が欠損するわけだ。私はその時着ている服の形や状況から、両腕を羽の形に変える場合が多いが、両脚の骨と筋肉を使って肩甲骨のあたりから羽を生やすのが一番飛びやすい形ではある。
足の筋肉は腕よりも多いので大きな羽が作れるし、肩から生やすよりも大きく羽ばたけるために安定して飛べるのだ。それに、両足が欠損した分遠心力が小さくなってバランスがとりやすい。

尻尾はちょっとめんどくさい。専ら体術に変化をつけるために生やすものだから、両腕両脚の筋肉を減らすわけにはいかない。よって背中や腹筋から少しずつ借りてきて作るのだが、これのバランスを見誤ると、筋肉の支えを失った内臓の位置が変わっちゃったりして結構まずいことになる。
USJでやらかした「ハリネズミ」なんかは肩甲骨、背骨、肋骨を角にしてブッ刺したのだが、アレは一歩間違えたら内臓がポロリしたり胴体がグニャっとなったりする危ないやつだ。
本当だったら先端だけに角をつけた筋肉の槍で突くものだったのだが、筋肉が弛緩して力が入らない状況だったので、仕方なく骨を直接伸ばした。正直もう二度とやりたくない。


「っはぁ〜……」
そんなこんなで小1時間ほど本とにらめっこをしていたが、いろいろ考えて頭が疲れた。
シャーペンを放り出して大きく伸びをし、抹茶ラテに口をつける。甘い、おいしい。
使い込んだ脳にエネルギーが補完される感覚に充足を覚える。
「由有さん」
「んー?」
百ちゃんは私のメモを覗き込んでいる。百ちゃんの整然としたメモとは対照的に、びっしりと書き込みをしてある私のルーズリーフはかなり煩雑な見た目で、ちょっと恥ずかしい。

「私、ずっと思っていたことがあるのですが」
「ん?」
私のメモから目を離さずに続ける。なんだろう、字が汚いとかノートが雑とかだろうか…
百ちゃんの流麗な文字にはかなわないなりに、読めないレベルの汚さじゃないとは思ってるんだけど…
「骨の質量を変えることはできないのですわよね」
「え?あ、うん、うん?」
予想していたものとは違う質問に一瞬理解が遅れた。なんだ、見た目がどうとかじゃなくて、内容を見てのことか。

「だから余計なものを生やすと四肢を欠損するほかない、と」
「そうだよ」
「それがですね、大きさを変えることは出来るのではないかと思うのですが」
「?骨の?」
「ええ、由有さんの体重は恐らくろくじゅ「待って待ってちょっと待って待ってなにそれなんで知って」由有さん、お静かに」
ヤバイ、ここは図書館だった。指摘されて慌てて口を押さえてあたりを見回すと、何人かこっちを向いている人と目があった。
気まずくなってぺこっと会釈すると目をそらされる。うう、ごめんなさい…

「いやなんで百ちゃん私の体重知って…」
「以前抱き上げた時にそのくらいかと」
マジで。抱き上げて体重分かっちゃうの!?てことはもしや、
「尾白くんも私の体重知ってるのかな…」
「それはわかりませんが…、それでですね、つまりそれだけ体重があるということは筋肉量に加えて、骨密度が高いことも原因にあると思うんですの」
「?うん、私普通の人より骨強いよ」
骨密度だけで言えば常人の倍以上ある。そのせいでいくら脂肪を減らしても体重が落ちないのだ。決して太っているわけではない、と思いたい。

「例えば、これですわ」
両手を開いてみせた百ちゃんの手中には、立方体が2つ転がっている。
右手に透明なもの、左手にはそれより大きな黒いものだ。
「なにこれ?」
「これはどちらも炭素ですわ。これがダイヤモンド、こちらはグラファイトといいまして、グラファイトは鉛筆の芯などに使われる剥がれやすい結晶になります」
「ダイヤ…!?」
そんなものを簡単に手から!!おそろしい子!

「これらは結晶の仕方が違いますの。大きさが異なりますが、炭素の質量は同一ですわ」
「えっ」
「つまりですね、由有さんの骨も密度を低くすることで体積を増し、欠損することなく部位を増やせるのではないかというお話なのですが」
「………」
あんぐりと口が開いて塞がらない。多分今私「ポカーン」っていうAAと同じ顔をしていると思う。目から鱗の思いで百ちゃんの話を聞いていた。

なるほど…
「その発想はなかったわ…」
「由有さんはもともとの骨密度が高いので、少しくらいなら密度を低くしても身体を支えるのに問題はないと思いますわ」
「そう、だね…そうだろうね……そっかぁ、考えたこともなかった…」
「参考になれば良いのですが」
「すっごい参考になったよ、ありがとう、なんか新しい可能性だね」
「問題は、密度の操作ができるかどうかですわね」
「その結晶みたいに結合うんぬんは難しいかもだけど、中を海綿状の空洞にするとかだったら多分できるよ」
やってみる、と言って手を差し出し、骨の中身を空洞にして大きくするイメージ……にゅっ、と指先の肉から骨が露出し、指の2倍ほどの長さに伸び上がった。
「おおおおっ…!」
できた!思わず感嘆を漏らす。もちろん小声で。
鈎爪をつけたようになった指先で机をコンコン叩く。2倍程度なら強度も問題ないようだ。これなら訓練すれば五体満足のまま部位を増やせるようになるかもしれない。
筋肉は膨らまないから難しいけど、目指せ千手観音…!

「百ちゃんありがとう、なんかすごい、私ひとりだったら絶対思いつかなかった…」
「お役に立てたなら何よりですわ」
今までは重量や質量比の問題で断念していた変形も出来る可能性が出てきたので、生物図鑑などを片っ端から洗い直して勉強した。

終わった頃にはすっかり日も落ちてしまっていて、せっかくなので、という百ちゃんと一緒にファミレスに入った。


「百ちゃんってファミレスとか入るんだね」
「?ええ、よく言われるのですが…何かおかしいのでしょうか」
運ばれてきたたらこパスタをフォークでくるくる巻き取りながら素直な感想をいうと、サラダをつついていた百ちゃんは疑問を返してきた。
その口調はすねたような感じではなく、純粋に疑問に思っているようだった。

「なんかお嬢様っぽいイメージだからさ、こういう安いお店には入らないのかと思ってた」
「お嬢様?」
「〜ですわ、とか丁寧な口調だし」
「ああ…私、皆さんが行くようなところも普通に行きますわよ」
「帰りにマックとか?」
「ええ、たまに。確かに自分からはあまり入りませんが」
「へー…いいなあ」
「由有さんは反対方向ですものね」
「そうなの!私もみんなと寄り道したい!」
「障子さんと帰るときは?」
「真っ直ぐ帰ってるよ、ていうか寄り道するようなところないし」
「そうなのですね、では今度みんなでどこかお茶にでも行きませんか」
「えっ、それはアレか、女子会ってやつ?」
「そういう言い方もしますわね」
「行きたい!したい!」
「では体育祭が終わったあとに」
「うん!」

やった、女子会!女の子だけでキャッキャウフフのやつ!
右も左も女の子で、お菓子を囲んでコイバナとかしちゃったりするという噂のアレ!!うわあ、すごい!女の子になったみたい!私女の子だったのか!!
百ちゃんとお勉強デートしたその日に女子会の計画が上がるとか、私今最高にリア充じゃない!?お母さん、私、都会でリア充になれたよ!

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夢主は65kgくらいあるんじゃないかと思います
体質的に割合のでかい骨密度と筋肉量を計算したらそれだけで40kg前後、それに内蔵、脳、血液、皮膚の重量をプラスして60kgは超えます。さらに女の子の体に最低限つく脂肪をプラスアルファしたらそのくらいになってしまいました



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