ボップ・トゥ・トップ



敵の襲撃があった翌々日の朝。
昨日はニュースを見た両親が連絡してきた。質問攻めにされたり電話口でお父さんに泣かれたりして、正直マスコミよりめんどくさかった!と百ちゃんに話す私の首の痕は、もうほとんど消えている。

「皆―――!!朝のHRが始まる席につけ――!!」
「ついてるよ、ついてねーのおめだけだ」
飯田くんが教壇に立って相変わらずの妙な手振りで着席を促すが、全員すでに席についている。ツッコミ担の瀬呂くんが冷静なツッコミ。今日もキレキレだ。

「お早う」
「相澤先生復帰早えええ!!!!」
HRの時間、教室に入ってきたのは包帯まみれの相澤先生だった。
よろよろと教壇へ上がる相澤先生に飯田くんが挙手して「先生無事だったのですね!!」と発言するが、あれは無事とは言えないだろう。

「俺の安否はどうでも良い、何よりまだ戦いは終わってねぇ」
「!?」
「戦い?」「まさか…」「また敵が――!!?」
爆豪くん、緑谷くん、峰田くんが席順にテンポよく喋る。息ぴったりのそれは傍目から見ると仲良しのようだ。
「雄英体育祭が迫ってる!」
「クソ学校っぽいの来たあああ!!」
なんだろう、前にもこんなことがあった気がする。前と違うのは相澤先生がぐるぐる巻きなことか。

「待って待って!敵に侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」
体育祭、ともなれば人が多く出入りするものだ。まして雄英体育祭は、日本におけるビッグイベントのひとつだ。
全国トップのヒーロー志望が、個性を駆使して対戦する熱狂の祭典。スカウト目的のプロヒーローや報道陣、観客で人がごった返す。
逆に言えば、最も敵が侵入しやすい機会だ。攻め入られて主犯を逃した直後に開催するのは、かなり危険ではなかろうか。

「逆に開催することで雄英の危機管理体制が磐石だと示す…って考えらしい、警備は例年の5倍に強化するそうだ。何より雄英の体育祭は……最大のチャンス、敵ごときで中止していい催しじゃねえ」
最大のチャンス、それは前述の通り全国ネットの中継やスカウト目的のプロヒーローを指す。
私たちにとっては、多くの人が注目する舞台で己の力をアピールできる見せ場となるのだ。そこでうまく活躍し、プロの目に止まってスカウトを受ければ将来が拓ける。
ヒーローを志す私たちに年に1回、在学中3回だけ訪れるチャンス、絶対に外せないイベントだと相澤先生は言った。


「あんなことはあったけど…なんだかんだテンション上がるなオイ!!」
「活躍して目立ちゃプロへのどでけぇ一歩を踏み出せる!」
昼休み、何人かが固まってわいわいと話しているのを眺める。皆やる気は十分のようだ、もちろん私も。
雄英体育祭は毎年、家族でテレビの前に集まって観戦していたイベントだ。今年は自分がその舞台に立てるという事実にワクテカが止まらない。
「由有ちゃん、お昼行きましょう」
「あ、うん」
梅雨ちゃんがお弁当を持って席まで来てくれた。
席を立つと、近くで菓子パンをかじっていた上鳴くんが梅雨ちゃんのお弁当に目を留めた。

「弁当派なのか、蛙吹は飯何好きなん?やっぱ蝿?」
「蝿ならどうするの?」
今日、じろちゃんが彼をアホだと言っていたが、確かにアホだ。多分何も考えずに話しているに違いない。
梅雨ちゃんも苗字を呼ばれた時にお決まりの「梅雨ちゃんと呼んで」も忘れて突っ込んでいる。
上鳴くんの質問には特に答えないまま梅雨ちゃんは身を翻した。いつもろくな扱いを受けていない彼だが、今回は自業自得だろう…

梅雨ちゃんについていくと、飯田くんがまた変なポーズをとっているのが目に入った。
「ヒーローになる為在籍しているのだから燃えるのは当然だろう!?」
「飯田ちゃん独特な燃え方ね、変」
梅雨ちゃんはどこまでもあけすけだ。思ったことを何でも言っちゃう彼女の素直さは私には真似できそうにない。

「僕もそりゃそうだよ!?でも何か…」
「デクくん飯田くん…頑張ろうね体育祭」
「顔がアレだよ麗日さん!!?」
緑谷くんの言葉を遮って、やる気に満ちた声で話すお茶子ちゃん。その顔はいつも真ん丸な目が吊り上がり、眉間に濃い影を作っていて恐ろしい形相だった。一体どうした。

「どうした?全然うららかじゃないよ麗日」
きょとんとして尋ねる三奈ちゃん。
その背後から、峰田くんが「生…」と言いかけて梅雨ちゃんに舌で殴られていた。
なにそれ、ご褒美?

「皆!!私頑張る!!」と拳を突き上げるお茶子ちゃん。その気迫につられて皆もおー、と拳を挙げた。


放課後、下校しようと教室入口の前に立ったお茶子ちゃんが手をかける前に、ひとりでに扉が開いた。
「うおおお…何ごとだあ!!!?」
なんだろう、とざわつく扉の向こうを覗くと、他のクラスの人たちが教室前の廊下に集まって覗き込んだり携帯を向けて写真を撮ったりしている。動物園のパンダになったようで、あまり気持ちのいいものではない。

「どんなもんかと見に来たがずいぶん偉そうだなぁ、ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?」
「ああ!?」
爆豪くんがその場の全員に「モブ」と言い放ったのを皮切りに、人ごみから頭ひとつほど抜けた長身の男子が前に出てきた。
「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ、普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴けっこういるんだ、知ってた?」
青紫色の髪を逆立てた、隈の根付いた男子だ。制服のラインやボタンの数を見ると普通科だとわかるが、口ぶりからはヒーロー科に落ちたらしいと伺える。
じゃあもしかしたら、彼は同じクラスになっていたかもしれない人なのか。

「体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ………」
マジか。じゃあサポート科と普通科入り混じった総当たりの体育祭でもし予選落ち、なんてことになったら、ヒーロー科から外される可能性も出てくるわけか…?
冗談じゃない、苦労して入試を勝ち抜いて入学したってのに、除籍されたんじゃ話にならない。
元々負ける気など毛頭ないのだが、さらに気を引き締めていかなくちゃな…

「少なくとも普通科は…調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつ――宣戦布告しに来たつもり」
敵情視察や野次馬ではない、と言った彼は、体育祭でヒーロー科への編入を狙っているらしい。
元々ヒーロー志望ならば、入試落ちしたとはいえ侮れない相手には違いないだろう。

聞いていた教室内に緊張が走ったとき、また人混みから1人飛び出してきた。
「隣のB組のモンだけどよぅ!!敵と戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ!!エラく調子づいちゃってんなオイ!!!」
大きく開いた口からギザっ歯が覗いていて、派手な目元が特徴的だ。
綺麗な歯並びと目元の隈が目立つ普通科の彼と並ぶと、なんだか対照しているようで面白い。B組、ということは同じヒーロー科だろう。
そういえばB組の人は隣のクラスなのに交流がなく、内情を把握していない。
「本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」と言い捨てた彼の言葉を聞いて、原因を作った爆豪くんへ皆の視線が注がれる。

当の本人は知らん顔で人混みを掻き分け帰ろうとするが、切島くんが止めに入った。
「待てコラどうしてくれんだ!おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねえか!!」
「関係ねえよ………」
「はあ―――!?」
こいつ、私たちを巻き込んでここまで騒ぎをでかくしておいて知らん顔か!

「上に上がりゃ関係ねえ」
さらっと言われたその言葉に静まりかえった。止めに入った切島くんが反論できずにいる。
「く……!!シンプルで男らしいじゃねえか」
「上か…一理ある」
同意した常闇くん(かっこいい)の後ろで言うね、と感心しているのは砂藤くん。
簡単に論破されているが、上鳴くんだけは騙されるなと怒っていた。おお、アホとか言って悪かった。君は冷静なアホに格上げだ。

しかし経緯はどうあれ私たちの士気は上がったので結果オーライだろう、と騒ぎが収まりつつある教室を出ると、他クラスの人達に白い目で見られた。あ、全然オーライじゃないわこれ。爆豪くんェ…



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