紳士という名の



「うわっ……」
校舎を出ると、校門前にはいつかの騒動を思い出す人だかり…報道陣が押し寄せていた。
超人社会、ヒーローが常に話題の中心にある現代において、ヒーローの巣窟である雄英の動向は常にパパラッチに狙われている。
パトカーが出入りし、数十人もの敵が護送車で警察へ一斉に送られた、なんて目立つ出来事はすぐに嗅ぎつけられたらしい。警察が押しとどめているが、校門を出た生徒に群がり話を聞き出そうと必死だ。

「あーあ、もう、早く帰りたいんだけどねえ」
「……」
個性を使えば抜けるのは簡単だが、マスコミの手前、雄英の生徒が公道で個性を無断使用するわけにもいかない。世知辛いのだ。
「ああいうのってどうやったらうまく抜けられるの?」
「無視だ」
簡潔。一言だけ喋ってすたすた進んでいく障子くんに慌ててくっついていく。マイクを向けられたり話しかけられたりしたが、障子くんの真似をして毅然と歩いていたらそんなにしつこくは追ってこなかった。

言った通りだろう、みたいな顔をして私を見てくるが、正直彼がいなかったらもうちょっと追いかけられたと思う。
マスコミの人は障子くんの威圧感にかなり腰が引けていた感じだったから…


「今日、障子くんはどこにいたの?」
「ゲートの所に居た、乱架は」
「私は火災ゾーンにいたよ、飛ばされなかったんだ?」
「避けた」
「マジで」
すごい。そういえば障子くんは13号先生と近くにいた誰かを咄嗟にかばっていた気がする。低く伏せたからモヤモヤのワープから逃れたのだろう。

「じゃあ私こっちだから、また明後日…ね……?」
分かれ道で障子くんと別方向に歩くが、なぜか障子くんが私の家へ通じる道へついてきた。
「家まで送る」
「え」
なんでどした。前はここで別れたのに。首をかしげていると、「心配だから、送らせてくれ」とちょっと小さい声でもごもご言う障子くん。

「いやいや、大丈夫だよ?そんなわざわざ…」
「…俺が送りたいだけだ」
なんかこれ以上拒否しても水掛け論になりそうだし、本人がいいと言ってるんだからいいか、とそのまま歩く。
言うことを聞きそうにない相手にはさっさと折れたほうが早い、というのは今日のお姫様抱っこから学んだ教訓だ。

「はいここ、私のおうちです」
分かれ道から割とすぐ、時間にして徒歩5分ほどにあるマンション。ここが、私が部屋を借りているところだ。別に立派なところでもないが、入口のところに立って大仰にビシッと腕を伸ばして指し示す。
「じゃあ、」と言ってすぐにくるりと背を向けた障子くんに吃驚して、思わず腕を掴んでしまった。
「帰るの!?」
「は、」
本当に送るだけのつもりだったらしい。しかし、そうは問屋が卸さない。わざわざ送ってもらっておいてお礼もないままにすぐ帰らせるなんて、私はそこまで厚かましくないぞ。
そんなことしたら、お母さんに怒られる。

「せっかく来たんだし、お茶でも」
「………いや、乱架…一人暮らしなんだろう」
「うん、だから遠慮しなくていいよ?」
誰もいないので何も気を遣うことはない、というと障子くんは頭を抱え始めた。
困っている障子くんって貴重だな。ていうかなんだろう。何か変なこと言った?
「あのな、いくつかお前に注意しないといけないらしい」
「??じゃあ立ち話もなんだしお茶を飲みながらでも」
「………」
今度は顔を押さえて俯いてしまった。一体何だというのだ。
しかし腕を引くと諦めたように大人しくついてきたので、部屋に案内する。


「適当に座ってねー」
とは言っても、一人暮らしにちょうどいい1DKの部屋だ。ひとつだけ置かれた2人掛けソファしか座るようなところはない。障子くんは戸惑いつつもソファに座った。

「コーヒーと紅茶どっちがいい?」
お湯を沸かしながら、カウンターで仕切られた向こうに声をかける。逡巡ののち、「…じゃあ、コーヒーを頼む」と返ってきた。
「残念でした!うちにコーヒーはありません!」
「なんで聞いたんだ」
いやなに、ちょっとしたアンケートだよ。私はコーヒーが苦手なので置いていないのだが、やはり来客用のコーヒーを買っておくべきかな、と思っていたので聞いてみただけだ。

ソファの前のローテーブルに紅茶の入ったカップを置く。ついでに何かお茶菓子があったかと戸棚を探る。
「障子くん甘いの平気?」
「ああ、…いや、そこまで気を遣わなくていい…」
「いやいや、ていうか食べてくれないと減らないから、むしろ消費に協力してよ」
この間の実家からの荷物に入っていた菓子折りの箱を発見したので、テーブルに出した。
甘いものは控えているが、あったらつい手を出してしまいそうでさっさと消費して欲しいのだ。
障子くんの隣に座って何の気なしにテレビをつける(私はパソコンさえあれば十分だと言ったのだが、ヒーローの活躍やニュースは常にチェックしないといけないと両親に言われ買わされた小さめのテレビだ)。さっきの報道陣か、もう今日の事件がニュースになっていた。
リポーターが雄英をバックに中継しているのを、司会者が真剣な面持ちで聞いているのが画面に映された。

「うわあ、仕事早いなあ」
テレビを眺めながら紅茶を啜る。障子くんも紅茶に口をつけた。口、といっても触手の先だ。食道とかどうなっているんだろう。
「その口で飲むんだ」
「ああ」
複製した口のひとつでお茶を飲み、またひとつ別の口で喋る。器用だ。彼がマスクをとっているのは見たことがない。
なにか理由でもあるのかなと思うが、まあ話されない限りこちらから聞くことでもないだろう。

「ごめんね、私コーヒー飲めないから置いてなくて、でも次は買っておくから」
「次、って乱架…また俺を家に上げるつもりか」
「うん?」
ダメなのかな。さっきからやたら渋るけど何かいけないのだろうか。

「あのな…乱架は一人暮らしで、この部屋には誰もいないだろう」
「は、はい」
何か私を諭し始めた障子くんになんとなく引っ張られて姿勢を正す。
「もし俺に何か邪な気持ちがあったら、その時危険になるのはお前なんだぞ」
「よこしま、って…障子くん悪い人じゃないし」
「……信用されてるのは嬉しいがな、いや多分お前が考えてるのとはちょっと違うと思うんだが」
「??」
結局彼は何が言いたいのだろう。よくわからずに疑問符ばかり頭の上に浮かべる私を見て、何かものすごく迷っている様子を見せる障子くん。

「例えばな」
「はい…ぅ、わぁっ!?」
なにか決意したように一度頷いて、いきなり両手首を掴まれた。視界が回ったかと思うとぼふっとソファへ沈む音がして、次に視界に入ってきたのは天井と、窓から差し込む夕日に染まった障子くんの見下ろす顔。
ああこれ、昔お父さんと手合わせして負けて床に転がされたときと似てるなあ…なんてどうでもいいことを思い出した。

「こうされたら、お前はどうする」
「…えっと、参りましたって言うかな?」
「………あのな」
お父さんに負けた時に言った言葉なのだが、また何か違ったらしい。なんだ、もう他に何も思いつかないよ。私の理解の及ばない話を求められても困る。
「お前が天然なのはなんとなくわかった。しかしそれなら余計厳しくしないといけないらしい」
「んーーーと、ごめんね?わかるように言って欲しいです」



「俺は今からお前を犯す」

「…何て?」


「……そういう状況になったとき、お前はどうするんだ」
…………あーーーーー。
「わかった、そういう話ね、ごめん、そっか、そ、その発想はなかった…っふ、はは、ふふふっ…」
「乱架?」
なるほど、やっと理解した。そうか、そういう意味で忠告してくれようとしてたのか。鈍くて申し訳ない。障子くんに余計な気を揉ませてしまった。
しかし理解したと同時に、その状況が想像できなさすぎて笑えてくる。誰が私みたいなゴリラを好きこのんで襲ったりするというのだ。
急に笑い出した私に障子くんが戸惑いを見せる。

「いや、大丈夫っしょ…私なんか頼まれてもやらねーよって…ぶふっ……」
「…………そういう話じゃなくてな」
「いやごめん、はい、仮にね、仮にこういう状況になったらって話だよね?」
「ああ、この部屋には2人だけ、助けてくれる人間はいない。安易に男を上げたりするものじゃない」
「や、ありがとう…でも大丈夫だって、こうなったらまず金的食らわして、そしたら相手は両手を股間に置くじゃん?すかさず首を掴みあげて目潰し、そしたら大概は行動不能になるからその隙に「わかった、もういい…」ね、私強いから大丈夫だと思うよ」
ぺらぺらと対策を話し出す私に障子くんは呆れたような、安心したような顔をして聞きたくないと止めた。この表情今日よく見る。

「…そうだな、でも最低限の自衛くらいはしろ」
「うん、でもそういうのは障子くんは大丈夫でしょ、現にこうして忠告してくれてるわけだし、障子くんは優しいってわかってるから」
「………ああ…うん…」
天然とか言われたが、私だって信用ならない人物を家にあげたりはしない。峰田くんとか峰田くんとか。

「…首、」
「うん?くび?…ああ、痕?」
倒されたので髪がばらけて痕の残った首がよく見えるようになったようだ。複製した目を細めて近付け、まじまじと見ている。

「痛くないか」
「大丈夫だよ、ただの痕だしそのうち消えると思う」
「…残ったらどうする」
言いながら、するりと大きな手で首をなぞる。ぞわぞわと背筋を悪寒が駆け上がった。
「っひゃ、んン、ちょ、くすぐったい…ふふっ」
「……」

くすぐったいって言ってるのに、彼は余計にさわさわと首を撫で始めた。
「うわ、あ、んっひ、やめ、なんかぞわぞわするって!ストップ!、ひゃ…」
「……」
「ストップってば、あっはは!ギブギブ!!あん、も、だめだ、って…バカぁっ」
耐えられなくなり、手を掴んで止めさせると素直に引いてくれた。それなら最初にストップって言った時点でやめてくれてもよかったじゃないか。
笑ったせいで背中に変な汗をかいてしまった。赤くなった顔で睨み上げる。
「いじわる、」
「……あー、すまん」

障子くんは私を抱き起こして乱れた髪を直してくれた。くすぐるのが楽しくなってやりすぎてしまったと謝られる。
その後は一時間ほど適当に喋ったりして、帰り際には私一人で食べきれない野菜や菓子折りの中身を全部お土産に持って帰ってもらった。ありがたや。





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