戦利した感情



ハッハッと短い呼吸を繰り返し、痛いほどに鼓動する心臓をぎゅっと押さえつける。

「っご…め、はぁ…酸欠、動けな、から、はぁ、尾白く、先、行って、て……っは、収まっ…たら、追いかける……」
途切れ途切れに訴える。窒息して、結構危ないところまで行っていたらしい。
頭痛と吐き気がひどいし、目もかすんでいてまだよく見えない。
顔が寒くて体が熱い、妙な気持ち悪さと体のだるさに混乱した脳みそがいうことを聞かず、悲しくもないのにどばどばと涙が溢れて止まってくれない。

立ち上がるのも困難なのに、広場まで走るのは無理だ。
第一、こんな状態の私が行っても足手まといになるだけだと思い、尾白くんに先を急がせる。


「バカ!」
「はっ?」
バカって。
わりと出会って間もないクラスメイトの男子にバカって言われた。バカじゃないです、失礼な。

「こんな真っ青になって見るからにヤバそうな、泣いてる女の子置いて行けるわけないだろ!」
「いや、っこれ、は、なんか勝手、に、出てくるだけ、で……」
「いいから!大体こんな酸素薄いところに居たっていつまでも回復しないよ!俺が運ぶから、掴まって!」
「、はい!?」
ちょっと尾白くんボケてる場合じゃないって…運ぶ?私を?運んで行くの?
何言ってんだよ私がどれだけ重いと思ってるんだ、そして尾白くんに抱えられて皆の前に行くなんて、情けないにも程がある。そんなのはまっぴらごめんだ。

「もう!早く!」
固まって動かない私に焦れた尾白くんは、さっと私の身体を起き上がらせて抱え上げた。おいちょっとまってこれはまずいほんと待って
「尾白くんやめ、これ、はずかし、」
「俺だって恥ずかしいから!でもおぶるのは倫理的にちょっと色々まずいから!」
「私、重いから…」
「重くないよ、ていうか俺が女の子の1人や2人くらい持てないと思ってんの?」
「あ、あの、私、汗臭いですし…その、」
「そんなのお互い様!」
尾白くんは私を横抱き、いわゆるお姫様抱っこってやつをやってくれやがりまして、まって私本当に重いんだってあとこの格好ほんと恥ずかしいんでやめてくださいこれで皆いるところに行くんですかちょっとマジ勘弁してよ、とかいろいろ言いたいけれど、しゃべるのも辛いし、抵抗するほどの力もない私は尾白くんのいいようにされている。

「ちょっとどっか掴むかこっちに体重かけるかして、バランス悪い」
「う…」
もうどうにでもなーれ。有無を言わさない尾白くんに私は恥をぶん投げることにした。
諦めてコスチュームの襟を掴んで胸に頭を預ける。
すると胸元から胸筋が覗いて、思わず凝視してしまった。
「尾白く、めっちゃいい体、胸板、分厚いんだね…うへへ……」
「なんで今そういうこと言うの!!やめろよ触んないで!大人しくしてろって!」


尾白くんに抱かれたまま火災ゾーンを脱出したと同時に、なにか黒いものが頭上をよぎった。USJルームの天井、ちょうど私たちの真上の位置に大穴を空けて吹っ飛んでいき、すでにひどい頭痛に苛まれている私の頭に響く轟音がした。
顔をしかめて低く呻き、頭痛を押さえ込むように尾白くんの胸に頭を押し付ける。
一瞬強張ったようだが、すぐに走り出してセントラル広場を目指す尾白くん。あ、ちょ、待って揺らさないで気持ち悪い!
お昼に食べた親子丼が出る!

広場に着く頃にはほとんど事態は収束していて、ゲートにはいつの間にかスナイプ先生を始めとする教師陣が並んでいた。察するに、増援により不利になった敵が即座に逃亡したのだろう。
広場にいた轟くん達と合流する。

「緑谷ぁ!!大丈夫か!?」
駆け出した切島くんの目線の先には、土煙で今まで見えなかったけれど…怪我をしたのか、倒れ伏した緑谷くんと、そばに佇むオールマイトがいた。
しかし、切島くんが駆け寄る前に、地面が壁のように隆起して行く手を塞がれる。
ドスドスと足音を立てて歩いてきたのはセメントス先生だ、今日も四角くてかっこいい。コンクリートを操る個性で壁を作ったらしい。
生徒の安否を確認したいから、とゲート前に集まるよう言って、怪我をした緑谷くんのいる壁の向こうへと行ってしまう。

Uターンで戻ってきた切島くんが私に気付き、わあっと声をあげた。
「何だ乱架!?お前も怪我か?大丈夫か?セメントス先生呼ぶか?」
「や、大丈夫…ちょっと、休んでれば、そのうち回復する……」
「なんだよ、泣いてんじゃねえか!もう敵はいないからな、大丈夫だぞ」
私の顔を覗き込んで、励ましながら涙を拭い頭を撫でてくる切島くんは私を小さい子供かなにかだと思ってるのだろうか。
いや、彼が純粋な優しさでもって接してくれているのはわかる。

しかし私は敵を怖がって泣いてるんじゃないし、誤解されているのは私のプライドにかかわる。尾白くんに抱かれているという情けない状況でプライドもクソもないのだが。
ていうか撫でるのは勘弁して欲しい。照れている状況でないのはわかっているが、ほんとそれ、やめてください。
「わ、私怖くて泣いてるわけじゃないから、これはその生理現象であって、だから撫でるのはやめて…」
「強がんなくてもいいんだぞ、ほら皆無事だからな!」
くそっ、こいつ話通じねえ!尾白くんは唇を噛んで耐えているつもりのようだが、笑いで体が震えている。く、くつじょくだ…!!


ゲートに移動しようとすると、後ろから上鳴くんをおぶった百ちゃんとじろちゃんが走ってきた。あの3人は火災ゾーンの隣の山岳ゾーンにいたようだ。2人に怪我はないようだが、上鳴くんはどうしたんだろう。彼、あんな顔だっただろうか…?

「!?いやああああああああ!!!由有さん!?」
「ウェイ!?」
私の姿を発見した百ちゃんがつんざくような悲鳴を上げて、あろうことか上鳴くんをほっぽり出してダッシュでこっちに向かってきた。
落っことされた上鳴くんは不思議なリアクションをして、じろちゃんに助け起こされている。

「由有さん!どうされたんですの!?こんなに真っ青になって…!ああ、泣かないで!」
「も、百ちゃんの方が泣きそうじゃんか…」
「な、泣いてなんかいませんわ!」
そうは言うが、珍しく取り乱して騒ぐ百ちゃんの眼球を覆う涙の膜は、その厚さを増している。次にまばたきをしたら、こぼれ落ちてしまいそうだ。

「尾白さん、何があったんですか?」
「全滅させたと思って油断してたら伏兵に捕まったんだ。首を絞められて窒息して、今はひどい酸欠を起こしてる…」
さっきよりは回復したみたいだけど、と付け加えたが、百ちゃんの耳には入っていないようだ。わなわなと震えて音がするほど拳を握りしめている。
「首を…、窒息……!?尾白さん、その敵は…」
静かに尋ねる百ちゃんの目にはもう涙の陰は失せていて、代わりに激しい憎悪が燃え上がっている。
こんな百ちゃんは初めてだ、なにこれこわい。
「も、もう倒したから大丈夫だよ、私もだいぶ回復したし…」
「……………」

しばらく黙っていたが、大きなため息をひとつついて拳を緩め、代わりにその掌に握られた缶を差し出してきた。
「酸素スプレーですわ。少しは楽になるかと思います」
……マジか。生物以外はなんでも出せるとは聞いたけど、そんなものまで…
とはいえ、この状況で今最も必要なものだ。受け取って口に宛がい吸い込む。ああ、生き返る。酸素うまい。

「ありがとう、百ちゃん」
「いいえ、尾白さん、由有さんは私が運びますわ」
「えっ、ああ…」
「百ちゃん、私多分百ちゃんより重いし…」
「ご心配なく」
ひょいっと尾白くんから私を受け取って抱き上げた百ちゃんは、平気な顔で階段を上がりゲートへ向かう。なん、だと…百ちゃん、意外に馬力がある…!
三奈ちゃんが食堂で感じたというときめきはこれか…!?
百ちゃんってば、王子様みたい…トゥンク…

「八百万ー!コイツどうすんの!」
「ウェ…ウェ〜〜イ…」
後ろからじろちゃんが上鳴くんを引きずって追いかけてくる。小柄な彼女には彼を持ち上げる力はないだろう。
上鳴くんは大人しく引きずられていたが、手の空いた尾白くんがじろちゃんに代わって彼を担ぎあげた。持ち方からして私と随分扱いが違うんだけど、誰かもっと彼に優しくしてあげて。

ゲートには緑谷くんを除いたクラス全員と、通報により駆けつけた警察がやってきていた。
百ちゃんの酸素スプレーでだいぶ楽になった私は降ろしてもらう。上鳴くんも回復してきたのか、グニャっていた顔面が次第に元のイケメンに戻ってきた。

警察の人たちに私たちの倒した敵が連行されていく横で、帽子とトレンチコートを着たハードボイルド風の刑事さんがクラスの人数と安否を確認する。
皆大した怪我もないようで安心したが、今更ながら死にかけて尾白くんに担がれてきた自身が情けない。

透ちゃんと尾白くんが何か話していて、あの2人仲いいよなあ……と思ったときに、ああこれが私と障子くんを傍目から見た感じか、となんだか納得してしまった。

青山くんがいちいちかっこいいポーズを決めて話しかけているが、皆の耳には届いていないようだ。
諦めずに梅雨ちゃんに「どこだと思う!?」と聞いており、疑問を返してくれた梅雨ちゃんに「秘密さ!!」とキラキラ。一体何がしたいんだ彼は。
彼を無視して、梅雨ちゃんと峰田くんが刑事さんに相澤先生の安否を尋ねる。
聞いた話によれば、先生は梅雨ちゃんをかばって深手を負ったらしい。目に後遺症が残る可能性がある、と聞いた梅雨ちゃんは「ケロ…」と切なく鳴いていて、見ているこっちが悲しくなってしまう。

13号先生とオールマイト先生も戦いで負傷したらしいが、命に別状はないという刑事さんの言葉にほっと安堵のため息をつく。倒れていた緑谷くんはまた個性で両脚を折ったが、保健室で処置が可能だそうだ。

私たちはそのままバスで校舎へと送り帰された。帰りのバスは、騒がしかった出発時と比べて随分と静かだった。



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