能受は常に紙一重



「今日のヒーロー基礎学だが…俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」

午後のヒーロー基礎学の時間、教壇に立つ相澤先生の言葉にこれまでとは違う内容の訓練が行われるのだと察する。
瀬呂くんが挙手して内容を尋ねると、相澤先生は「RESCUE」と書かれたカードをかざした。
「災害水難何でもござれ、人命救助訓練だ!!」

「レスキュー…今回も大変そうだな」
「ねー!」
「バカおめー、これこそヒーローの本分だぜ!?鳴るぜ!!腕が!!」
「水難なら私の独壇場ケロケロ」
騒ぎ出す前方の4人を睨みつけ、「おいまだ途中」と短く注意した相澤先生に縮み上がり黙る上鳴くん、三奈ちゃん、切島くん。梅雨ちゃんはケロッとしているが、彼女の胆力の底が見えない。

「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない、中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく…以上、準備開始」
相澤先生らしい、無駄を省いた簡潔な説明とともにコスチュームの収納棚が開かれる。
救助か、ならば少しでも動きやすい格好の方が望ましいだろうと考え、今回は盾とヘッドギアは外していく。皆も同じ考えらしく、マスクや防具は外している人が多い。


バス乗り場に集まった皆の中、一人だけ体操服の緑谷くんが目立っている。そういえば彼のコスチュームは戦闘訓練の時、ボロボロに燃えていたのだった。
隣を歩く百ちゃんがおもむろに口元を押さえて顔を歪めた。何かと思えば、その前にいる峰田くんがニヤニヤしているのが見えた。視線の先は、歩くたびピチピチのスーツに食い込んで揺れるお茶子ちゃんのお尻。歪みねえな…

目に余るので峰田くんの首根っこを掴みひょいと持ち上げ、お茶子ちゃんから引き離す。
百ちゃんはお茶子ちゃんを守るように隣に並んだ。
「なんだよ乱架!お前はこないだから邪魔ばっかしやがって!」
ばたばたと暴れる峰田くんを無視して片手にぶら下げたまま進む。小人サイズの彼がいくらもがこうが、私の腕力の前では無意味だ。ざまあみろ。

「バスの席順でスムーズにいくよう番号順に二列で並ぼう!」
どこから出したのか、ピッピッと笛を吹きながら手で合図をし皆をてきぱきと並ばせる飯田くん。だいぶ委員長が板についてきた。
しかし、乗り込んだバスが2人掛けなのは後方の4シートだけで、前方が4人掛けの向かい合わせタイプだったので彼の指示はあまり意味がなかった。飯田くん、どんまい。

私は峰田くんを掴んだままだったので必然的に隣になってしまった。お茶子ちゃんからできるだけ離そうと、2人掛けの前席に並んで座った百ちゃんとお茶子ちゃんから離れた一番後ろの5人掛け席に座る。
「まあこれはこれで!」と親指を立ててニヤニヤと見つめてくる峰田くんに冷ややかな視線を返す。こいつ、訓練の前にリカバリー行きにしてやろうか。

「峰田くん、放り出されたくなかったらそれ以上私を見ないでね、窓の外でも見ててよ」
「なッ…目の前に絶景の山脈があるってのに外の景色なんか見てられるかよォ!」
オイラの見立てじゃ八百万と同じか、いやそれ以上あるな……とブツブツ言いながら私の胸をガン見。本当にやめてくれ、ただでさえこんなコスチュームで恥ずかしいのに…視線から逃れるように両腕で胸を隠して峰田くんから目を逸らす。
「隠すなよ!だいたいお前オイラばっかり気にしてるけどな、こんなん隣にいたら目が行くだろ!そうだろ口田!」
「えっ…そ、そうなの?口田くん…」

峰田くんとは反対側の、私の右隣に座っている口田くんはいきなり話を振られてビクッと身体を震わせる。恥ずかしさで赤くなっている私よりも真っ赤になってアワアワと汗を飛ばして、しまいには頭から湯気を出して動かなくなってしまった。
彼、図体はでかいしパワー型っぽい見た目だが、その仕草や態度がいちいち可愛い。A組の癒し系だ。間違いなく私より女子力が高いと思う。
ちなみに、彼が喋っているところはまだ見たことがない。

「男は皆おっぱいが好きなんだよ!さあ観念してオイラにその景色を堪能させるんだ!」
「もうやだあ、峰田くん嫌い!お願いだから死んで!」
血走った目で私の胸に顔を近付け凝視する峰田くん。鼻息がかかってくすぐったいし気持ち悪い!
わっと顔を覆ってうなだれると、私の肩をちょいちょいとつつかれる感触がした。
見ると、口田くんの隣に座っていた障子くんが手で交代のジェスチャーをしている。どうやら席を替えてくれるらしい。
ああ、神様…彼から後光が差しているのはきっと錯覚じゃないはずだ。

「ありがとう…障子くん大好き…!」
「………………ああ、」
お言葉に甘えて障子くんと席を入れ替わる。
隣は常闇くんだった。彼は窓枠に頬杖をついて外を眺めている。マジかっこよすぎ。
「常闇くんごめん、隣失礼するね」
ああ、と短く了承してクールな居住まいを崩さない彼。かっこいい。何度でも言おう。かっこいい。常闇くんかっこいい。ちょっとドキドキしながら隣に座る。
峰田くんがギャンギャン騒いでいるのがうるさいが、前方で叫んだ爆豪くんの声にかき消された。

「んだとコラ出すわ!!」
「ホラ」
彼を指差して緑谷くんにほらみろと何事かを示す梅雨ちゃん、どうやら彼女がなにか爆豪くんの気に障ることを言ったらしい。怖いもの知らずか。
やっぱりとんでもない胆力を持っているようだ。
「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」
「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」
上鳴くんが秀逸な貶し方をして火に油を注ぐ。爆豪くんの隣のじろちゃんは心底迷惑そうだ。
この間、爆豪くんはものすごくチョロいと思ったが彼の煽り耐性は0に等しい。沸点が低すぎるらしいので爆発物よろしく大事に扱わなくてはならないな、と心に留めておく。

「低俗な会話ですこと!」
「でもこういうの好きだ私」
口元に手を当てて眉をひそめたのは百ちゃんで、うららかに笑ってみせたのはお茶子ちゃんだ。百ちゃんのあの仕草は癖なのかもしれない。

騒がしいバス内に「もう着くぞいい加減にしとけよ…」と低く注意した相澤先生。思わずビシッと背筋を伸ばして「ハイ!!」と声を揃えた。

集合した私たちは、演習場の広さと内装に驚く。ゲートの向こうにはセントラル広場があり、そこから様々な災害現場を模したエリアに分岐している広い空間は、テーマパークを連想させる。
「すっげ―――!!USJかよ!!?」

「水難事故・土砂災害・火事……etc.あらゆる事故や災害を想定し僕がつくった演習場です、その名も……
U:ウソの
S:災害や
J:事故
ルーム!!」
USJだった!!

緑谷くんがUSJで待っていたスペースヒーロー・13号先生について、災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーローだと説明をし始める。
やたらヒーローに詳しいが、彼はオタクなのだろうか。お茶子ちゃんは13号のファンだと興奮してうおおおと揺れている。

オールマイト先生は何かの事情があるらしく、相澤先生と13号先生の2人で授業を見るようだ。
「えー始める前にお小言を一つ二つ…三つ…四つ…」
指折り、だんだんと増えていくお小言に全員が消沈した。
「皆さんご存知だとは思いますが僕の個性はブラックホール、どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」という緑谷くんに高速で頷いて同意するお茶子ちゃん。
未だかつてあんなに素早く動くお茶子ちゃんは見たことがない。残像が見える…

「ええ…しかし簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう個性がいるでしょう」
と続ける13号先生。一歩間違えれば容易に人を殺せる“いきすぎた個性”を個々が持っていることを忘れないように、とはじめ、体力テストで自身の力の可能性を、対人戦闘でそれを人に向ける危うさを実感しただろうと話す。
「この授業では…心機一転!人命のために個性をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない、救ける為にあるのだと心得て帰って下さいな。以上!ご清聴ありがとうございました」
ぺこっと紳士的に頭を下げた13号先生にみんなの称賛が向けられる。
お小言と聞いてどんなことを言われるかと思ったが、ためになる素晴らしい話だった。13号先生、かっこいい!

「そんじゃあまずは…」と授業を始めようとセントラル広場を指差した相澤先生が動きを止める。
「一かたまりになって動くな!!」
「え?」
ぽかんと動きを止める私たち。いきなりのことに状況を把握できない。一体なんだろう。
「13号!!生徒を守れ」と相澤先生が指示した時、広場に何か黒いモヤがあるのと、そこから多くの人間が次々に出てくるのを発見した。

「何だアリャ!?また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」
切島くんが背伸びをしてよく見ようとするが、相澤先生が「動くな」と叫ぶ。
「あれは敵だ!!!!」
いつもは首巻きに隠れているゴーグルをかけてヒーローの装いで敵から目を離さない先生は、冗談を言っているようには見えない。
敵が攻めてきた、と頭では理解したが、突然のことで実感がわかない。私は他人事のように状況を俯瞰して眺めていた。

「13号に…イレイザーヘッドですか…先日頂いた教師側のカリキュラムではオールマイトがここにいるはずなのですが…」
黒いモヤが喋りだす。どうやらモヤモヤは人間で、ワープゲートのような個性らしい。

敵がぞろぞろと這い出してくるモヤモヤの中心にいて動かなかった、全身に手のくっついた白髪の男が主格のようだ。

かすれた小さな声で、でもはっきりとそれは聞こえてくる。

「どこだよ…せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ…オールマイト…平和の象徴…いないなんて…子供を殺せば来るのかな?」



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