アフター・パニック



「由有さん、そのソックスは…」
「えーっと、さっき食堂でね」
体操着用のスポーツソックスはあるが、まさか制服でソックスが破けるとは予測していなかったため、替えなど持っていない。裸足で靴を履くのは嫌だし、仕方なく破けてしまった部分をまくって履いているその日の放課後。
私のみすぼらしい足元に気付いた百ちゃんが眉をひそめた。

「新しいソックスですわ。これをどうぞ」
「えっ」
差し出された百ちゃんの掌には、新品のソックスが載っている。どうやら個性で作ってくれたらしい。
百ちゃんの個性は生物以外なんでも生み出せる「創造」…体力テストの時も色々とすごかったけど、なにこれ便利。昨日の戦闘訓練で透ちゃんに渡した湯たんぽも百ちゃんがその場で作ったものだったし、かなりの汎用個性だ。

「いいの?ありがとう…」
「このくらいの事ならいつでも構いませんわ」
ボロボロのソックスから百ちゃん印のソックスに履き替える。うん、やっぱりこの長さが落ち着く。
なんとなく嬉しい気分で脚をぷらぷらさせていると、私のもとに三奈ちゃんとじろちゃんがやってきた。

「乱架!昼休みはありがと」
これお礼ね、とパックのオレンジジュースが机に置かれる。
「えっ、そんな、気にしなくていいのに…」
「ううん、乱架がいなかったら大変だったし」
「ウチも多分あのままだったら怪我してたしさ、ありがとね」
大したことはしていないので貰えないと渋るも、買ってしまったものを返されても困るし気持ちだから受け取って欲しいと言われて、そういうことなら、とありがたく頂戴する。

「私オレンジジュース好きなんだ、ありがとう」
「いーえ、しかしさっきの乱架かっこよかったよねー、王子様みたいだったあ!」
「あ、ウチもそれちょっと思った」
「お、王子様…?」
「抱き寄せられたときドキッとしちゃったし!」
なんと。三奈ちゃんの胸が当たって役得だとかじろちゃん小さくてかわいい(決して胸の話ではない)とか不純なことを考えていた時に、そんな風に見られていたとは。
なんか申し訳ない。全国の王子様にも謝りたい。
「ごめん、青山くん…」
「青山?」
とりあえず王子様っぽい雰囲気の青山くんに謝っておこう。

しばらく雑談をしていたが、2人は電車の時間だからと帰っていった。教室には、もう半数くらいしか残っていない。
「百ちゃん、あの2人と同じ路線って言ってなかった?一緒じゃなくていいの?」
「私と飯田さんは相澤先生に学級委員長の仕事を申し付けられているので、少し残りますわ」
そう言ってまとめた書類を見せてくる百ちゃん。さっきから何か書いていると思ったら、仕事だったのか。
相澤先生に提出してくる、と飯田くんと連れ立って教室を出て行ってしまい、一人になった私は手持ち無沙汰に時計を眺める。

私は今日、帰りがてらスーパーでタイムセールの卵を買って帰るミッションがあるため、セールの頃合いまで学校で時間をつぶすつもりだ。
百ちゃんで隠れて今まで見えなかったけど、峰田くんはまだ残っていた。恐らく飯田くんを待っているのだろう緑谷くんと話していて、静かな教室では聞こうとしなくても内容が聞こえてくる。

「緑谷、緑谷…オイラ昼休みのゴタゴタですげーお宝を拾ったんだぜ」
「?」
「見ろよコレ!」
ジャーン!と誇らしげに広げて緑谷くんにお披露目したのは、一部が裂けたピンクに黒の水玉模様の布切れだった。
なんだか見覚えがあるな、と少しぬるくなったオレンジジュースを啜りながらぼんやり眺める。

「なにこれ?布切れに見えるけど」
「バカおめー緑谷!どう見たってパンティだろうが!なぜか破けてるけどよ、ほらこことここ、つなげたら魅惑の三角形が完成だろうが!!」
「なっ…!?なんでそんな、パパパパパンッ…ティ、なんて…!」
ああ、パンツかあれ。なんでそんなモン持ってるんだ。
昼休みのゴタゴタで拾ったって、まさか脱がせたわけじゃあるまいし、あの時パンツ脱げちゃった子がいるのかな。どんな状況だったんだろう…
そういえば今日の私の下着と似てるなあ…


…というところまで考えて血の気が引いた。バッとスカートを押さえる。


……… な い ! ! !
アレ、私のパンツだ!!!?

そうだ、なんで気付かなかった。昼休み、下半身を変形させてソックスが破けた時に、パンツも破けていたのだ。
お尻と太腿を肥大化させたのだから当たり前だ。そこに思い至らなかった私のバカ!

ていうか、私午後ずっとノーパンで過ごしてたの!?マジでなんで気づかなかったの!!
そしてなんで、よりにもよって峰田くんに拾われてるの!
「ああああああああああ!!!」
叫んで、峰田くんの手からパンツを奪い取る。いきなり奇声を発してパンツをひったくった私に驚いていたが、ハッとして峰田くんは怒り出した。
「なにすんだよ乱架!俺のパンティ返せよお!」

私のパンツだよ!!!
とは言えずに、適当にごまかして言い訳を並べ立てる。
「峰田くん、ホラあれだ、見ず知らずの女の子のパンツを見せびらかしたりするのはさ、その子がかわいそうじゃない?」
「いいだろー!どうせソイツ知らないんだし!」
知ってる知ってる、ばっちり見聞きしている。

「パンツを落とした女の子もまさか男の子の手に渡っているなんて思わないだろうし、ここは私がその子のためにこれを処分してあげようと思うの」
「はああ!?オイラが見つけたんだからもうオイラのもんだろー!」
「いやいやよく考えようよ、例えば峰田くんが何かの事故でパンツを落としてしまって、それが女の子の手に渡ってこういう扱いを受けていたらどう思う?」
「なんだよそれ最高にたぎる」
「最低」
こいつ…

「と、とにかくこれは私が貰い受ける!異論は認めない!」
「…わかったよ、じゃあソレはやるよ」
「なんだ、意外と話のわかるやつじゃないk「その代わり、乱架のパンティを見せてくれ」はああああああああああああ???」
「オイラのパンティを乱架にやるんだから乱架もオイラにパンティを見せてくれればおあいこだろ!」
君が持ってたアレが私のパンツだよ…私は今ノーパンだよ、無い袖は振れないよ。あっても振らないけどさ。

「それとこれとは別問題だし、そんなにパンツが見たいなら百ちゃんに頼めばいくらでも作ってくれるよ?頼んでみたら?殺されるかもしれないけど」
「女が履いたことのないパンティなんてただの布切れだろーが!!」
「さっき魅惑の三角形とか言ってたじゃん!」
「あれは女が履いたパンティだから価値があるんだよ!いいだろ減るもんでもねえしブハァッ!!!???」
言いながら不意打ちで私のスカートをめくろうとしてきた峰田くんの腕を掴みフルスイング。
彼は壁に激突してバインと跳ね返り、床を顔面でスライディングしていった。「峰田くーーーーーーーん!!!」と緑谷くんのドラマチックな叫び声が響く。
悪いな、今めくられたら私の人生が終わるんだ。

「見せてくれないならそれ返せよ!!」
「復活早ッ、気持ち悪い!」
鼻血を噴出しながら血走った目で突進してくる峰田くん、今年見たものの中で一番気持ち悪い。
恐るべき執着心でパンツを奪い返そうと襲ってくるのをかわすが、スカートを気にしながらではうまく立ち回れない。しかし峰田くんの手に私のパンツが渡り、私の知らないところでいいように扱われるのは死んでもゴメンだ。
もうこれをさっさと処分しなくては!教室内をキョロキョロ見回して、この状況を打開できる人物はいないかと探す。

「爆豪くん!!」
彼は正直苦手だが、今頼れそうなのは爆豪くんしかいない。
「あ?誰だテメエ」
まさかの顔も名前も覚えられていないパターンだ。しかしそれについて今は構っていられない。

「早急にこれを爆破してくれないかな!!」
「なんだコレ」
「聞かないで!ひと思いに跡形もなくお願いします!!」
君にしかできない!ナンバーワンヒーロー!かっこいい!強い!天才!人気者!と思いつく限り適当に出まかせで褒めちぎると、不機嫌そうな怪訝な表情は失せ、ニィっと口の端を上げた。あ、こいつチョロい。

「いいぜ、やってやんよ」
合掌のようなポーズをとり両手で私のパンツを挟み、BOOM!と一瞬でパンツを消し炭にしてくれた爆豪くん。
パラパラと彼の掌から崩れ落ちる黒いチリを悲哀たっぷりの表情で眺めて、峰田くんはへなへなと脱力して床に座り込んだ。勝った…!やったよ、お母さん……!

「ありがとう爆豪くん、君は今一人の女子を救ってくれた…」
「なんだったんだアレ」
「知らない方がいいと思うな」
見も知らぬ女子(私だが)が履いていたパンツだなんて、バレたら殺されそうな気がするから生涯黙っていよう。

その後戻ってきた百ちゃんにパンツを作ってもらい、ひと安心した頃にはスーパーのタイムセールが終わっていて卵が手に入らなかった。
峰田くん、ぜったいにゆるさない。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -