マスコミュニケイション



戦闘訓練のあった翌日、登校中にばったり会った障子くんと一緒に学校へ着くと、校門前には報道陣が押し寄せていた。

「なんだろ、あ、緑谷くんなんか聞かれてる」
「面倒そうだ、さっさと抜けよう」
同意して、あまり目を合わせないようにしながら横を通っていくも、ヒーロー科の生徒だそれきたとばかりにマイクを向けて質問を投げられると、もう私には無視できなかった。

「オールマイトの授業ってもう受けました?どんな様子ですか?」
「様子?えっと、わりとまともな授業…でしたよ」
「まともって具体的にどんな感じ?」「何の授業をしたのかな?」「平和の象徴が教壇に立っているって生徒としてどう思う?」
「あ、うわ…えっと…」
「行くぞ」
「えっ障子く……わあっ」
断りきれずに立ち止まるとたくさんのマイクに囲まれてしまい、完全に逃げるタイミングを失った。
見兼ねて障子くんが私の腕を引いて、報道陣の輪から引っ張り出してくれる。

「ありがと、ごめん」
「いや、謝ることじゃない」
障子くんに引っ張られたまま背後を一瞥すると、今度は爆豪くんが質問されており、彼は目も合わせずに一言だけ喋って抜けてきていた。
いいなあ。こういう時、あんなふうにスッと脱出できるようになりたい。
私ってもしかして気が弱いのだろうか。街角で配ってるティッシュやチラシは断れないし、客引きも声をかけられたら返さなくちゃいけないと思う。
ああこれ、気が弱いっていうか田舎であんまりないから慣れてないだけか。そうか。
障子くんも爆豪くんもシティボーイだもんな。抜けるくらいわけないってか。ぐぬぬ…

「しかしすごいなあ…あれみんなオールマイトの話聞きに来てるんだ」
「みたいだな」
……ところで障子くん、手離してくれないのかな。


「昨日の戦闘訓練お疲れ、Vと成績見させてもらった」
HRの時間、教室に来た相澤先生は教卓に何か資料を置きながら話す。
「爆豪、おまえもうガキみてえなマネするな、能力あるんだから」
まず爆豪くんに短く、それでいて痛い注意をすると爆豪くんは「……わかってる」と小さく返しただけだった。え、爆豪くん、意外に素直。うるせえよぐらいは言うと思ったのに。
本当に昨日と同じ人か…?もしかして、爆豪くんは昨日女の子の日だったのだろうか……などと考えてしまって、我ながらちょっと面白くて噴出しそうになるのを堪える。

「で、緑谷はまた腕ブッ壊して一見落着か」
矛先を向けられた緑谷くんはビクッと硬直して俯く。一昨日先生に注意されたばかりで、昨日また骨折したのだ。
状況がどうであれ、相澤先生が怒るのも無理はない。
しかし思ったほど怒ってはいなかったようで、軽い注意と激励をしただけで終わった。
相澤先生も、なんだか一昨日より落ち着いた雰囲気だ。

「さてHRの本題だ…急で悪いが今日は君らに…」
また臨時テストか何かあるのかと教室がざわつく。
学級委員長を決めてもらう、と言い放った相澤先生に、「学校っぽいの来たーー!!!」とホッとした皆の声が響いた。
学校っぽいって、そもそもここは学校なんだからそのリアクションはおかしいのだが。でもそう言いたくなる気持ちもわかる。なにしろ、私たちは入学式も出席しなかったのだし。

学級委員長、普通だったら雑務や面倒事を押し付けられる役のイメージがあるが、ヒーロー科ではやりたがる生徒が多い。
学級委員長としてクラスを引っ張る役目は、相棒を従えて事務所を構えるトップヒーローを目指す私たちにとって、集団を導く力を養うことにつながるのだ。
予想通り、学級委員長と聞いて皆ハイハイハイハイと立候補の声を上げる。
私もみんなと同じように手を挙げるが、斜め前の席の轟くんは挙手していない。やりたくないのだろうか。まあ確かに、委員長という肩書きは似合わない気がする。あっ、また彼に失礼なことを……

「静粛にしたまえ!!“多”をけん引する責任重大な仕事だぞ…!『やりたい者』がやれるモノではないだろう!!」
騒がしい教室に一喝。何事かと声のした方向に注目が集まる。声の主は、やっぱりというか飯田くんだ。
「周囲からの信頼あってこそ務まる聖務…!民主主義に則り真のリーダーを皆で決めるというのなら…これは投票で決めるべき議案!!」
と多数決案を低減するが、彼もやりたい気持ちを抑えられないのだろう。右手は真っ直ぐ天に向いていた。
「そびえ立ってんじゃねーか!!何故発案した!!!」
クラスのツッコミ担当としてその地位を確立し始めている瀬呂くんのツッコミをはじめ、近くの席の梅雨ちゃんと切島くんが彼に反論する。

「日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん」
「そんなん皆自分に入れらぁ!」
「だからこそ、ここで複数票を獲った者こそが真にふさわしい人間ということにならないか!?どうでしょうか先生!!!」
「時間内に決めりゃ何でも良いよ」
言いながらモゾモゾと寝袋に入り始めている先生。まさか朝のHRで寝る気なのか、完全に丸投げの姿勢だ。だから“自由”ってそういうことじゃないと思うんだけど…

「どうする?」
「いいんじゃないの?皆がやりたいって言ってたらいつまでも決まらないし、私は飯田くんに賛成で」
「乱架くん…!」
「…それもそうか、じゃあ投票制で決めようぜ」
私が推すとみんなも納得したらしく、クラス全員で投票が行われる。
黒板に書かれた集計結果は、だいたい軒並み1票のなか緑谷くんが3票、百ちゃんが2票を獲得していた。
「僕3票―――!!!?」と緑谷くんの驚いた叫びがこだまする。

緑谷くんに票が入っていることに驚き、悔しそうに震える爆豪くん。
瀬呂くんが納得したせいで絡まれている。黙ってればいいのに、飛んで火にいる夏の虫…
発案した飯田くんはといえば、orzのポーズで0票を嘆いている。おそらく緑谷くんに入れたのだろう。何がしたいんだと言ったのは砂藤くんだ。
なんとなくわかってきたが、彼は真面目バカってやつだろう。

委員長は緑谷くん、副委員長は百ちゃんに決定した。
「おめでとう」
「由有さん、ありがとうございます。でも…うーん、悔しい…」
やっぱり黒板に轟くんの名前はなかったが、百ちゃんに入れたのは彼だろうか。


昼休み、相変わらず人の多い食堂でランチを食べる。今日は三奈ちゃんと梅雨ちゃん、じろちゃんと一緒だ。生姜の利いている鯖味噌がおいしい。
「でも委員長やりたかったなー!」
「だねえ、まあ私、緑谷くんが適任だと思うよ」
「他の役員もあるしさ、そっちでもいいじゃん?」
「そうね、委員長になれなかったからといって何が変わるわけでもないわ」
「そうそう」
「ところでさあ、今朝私校門前でマスコミに捕まっちゃってさ、ああいうのってどうやったらうまく抜けられるのかな」
「あー!乱架、今朝障子に引っ張られてたよね!私見たよ!」
「由有ちゃん、障子ちゃんと仲がいいのね?」
「なにそれ、詳しく」
「何を期待してるのか知らないけど、障子くんとは今朝ばったり……ってそうじゃなくて、マスコミのかわし方を、」
という言葉を遮って、校内に大音量の警報が響いた。

『セキュリティ3が突破されました、生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください』
「セキュリティ3?」
なんだそれは、と首をかしげていると、食堂内は我先にと非常口へ走る生徒でたちまち大パニックになった。セキュリティ3がどういうものか具体的によくわからないが、どうやら結構まずい事態が起こったらしい。
「うわっ…!!」
次々に押し寄せる生徒たちの波に揉まれて体勢を崩す。あちこちで「いてえいてえ!!」「押すなって!」「ちょっと待って倒れる!」「押―すなって!!」などと悲鳴や怒号が聞こえてくる。
これは、セキュリティがどうとかの前にこの場所自体が危ない。小柄なじろちゃんや梅雨ちゃんなどはもう人波に耐え切れず倒れそうになっている。

「三奈ちゃんごめん、」
「なに乱架…ひゃっ!?」
隣の三奈ちゃんの腰を抱き寄せて、梅雨ちゃんに手を伸ばす。
「梅雨ちゃん、じろちゃん捕まえてて!!」
「わかったわ」
梅雨ちゃんは舌をじろちゃんの体に巻きつけ、私の手をとった。しっかり握って、脚に力を込めて跳躍する。
私の脚は今、バネのような骨格をお尻から太腿にかけて太く強化した筋肉で覆われた、カンガルーやうさぎに近い形に変形している。
跳んだ時にビリッと音がしたので嫌な予感がして足元を見ると、ソックスの太腿部分が破けてしまっていた。あーあ…
まあ、今はそんなこと気にしてはいられない。頭上5mほどに跳び上がってうまく人ごみを抜けたので、今度は脚を引っ込めて首の後ろから大きな羽を生やす。
破けたソックスと靴はすっぽ抜けてしまったが、落ちる前に梅雨ちゃんがキャッチしてくれた。

「みんな大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ…」
「こっちも平気よ」
「うわー…サンキュー蛙吹」
片腕で抱いている三奈ちゃんは私にしっかり抱きついているので落ちる心配はなさそうだ。役得役得。
もう片方の手を繋いだ梅雨ちゃんと、その舌に巻き付かれているじろちゃんも無事なようでひと安心した。
梅雨ちゃんからじろちゃんを受け取り、しっかりと抱き寄せる。
「私は降りるわ、3人も担ぐのは大変でしょう」
と言って、梅雨ちゃんは壁の高い位置にぺたっと貼り付いた。私は3人くらい平気なのだが、梅雨ちゃんは1人でも大丈夫そうなので2人を抱いたまま眼下を見回す。
依然パニックは収束しておらず、転んだり踏まれたり、押し合いへし合いの中で怪我をした人も何人かいるようだ。
これではしばらく脱出もできないだろうと考えていると、人ごみから一人浮いて出てきたのが見えた。
DRRRRR、と聞き慣れた音で回転しながら非常口の壁に激突する。

「皆さん… 大 丈 ー 夫 !!」
「あれ、飯田くん?」
飯田くんはセキュリティを突破したのはただのマスコミで、パニックになる必要はないと大声で叫ぶ。
押し合っていた生徒たちは立ち止まり、騒動は収束した。

その日の午後、食堂での飯田くんの行動を評価した緑谷くんが委員長にふさわしいのは彼だと指名して、委員長は飯田くんに最終決定した。
意気込む飯田くんに「任せたぜ非常口!!」「非常口飯田!!」と馬鹿にしてるのか褒めているのかわからない野次が飛ぶ。

百ちゃんは私の立場がない、と釈然としない表情をしていたが、委員長然とした飯田くんは確かに、クラスをまとめるのにふさわしいと思った。



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