半ケツ基礎学



ヒーロー養成校とはいえ、私たちは高校生だ。一般常識的な最低限の学力も必要になる。
午前中は必修科目の普通授業。それも、普通科よりも少ない授業数で普通科と同じ量をこなさなくてはいけないので、カリキュラムはかなりきつい。
こういったところでも手を抜いていたらすぐさま周りに置いてきぼりを食らう。

常に努力を強いられ、怠けたところから脱落していく。ここは、思ったよりも厳しい世界だ。
昨日相澤先生が「苦難を与え続ける」と言っていたのはおそらくこういうことも含まれているのだと思う。

ちなみに、英語を担当するプレゼント・マイクの授業はなんの意外性もない普通の内容だった。


昼休みは大食堂「LUNCH RUSHのメシ処」で、クックヒーロー・ランチラッシュが手がける一流の料理を安価で頂ける。これは雄英の学生に与えられた特権と言えるだろう。
食堂はマンモス校の例に漏れずかなり混雑するが、人混みを耐えて並ぶだけの価値はある。
それに午後のヒーロー基礎学では何があるのかわからない。腹ごしらえは大事なのだ。

食堂の空いている席を見つけて、梅雨ちゃんと百ちゃんと一緒に座る。
「梅雨ちゃんお弁当なんだ?」
「ええ、お夕飯の残りなんか、少しだけ余ってしまうとお弁当にしちゃった方が無駄がなくていいのよね」
ちろりと長い舌の先を覗かせて話す。たまにこういうふうに舌が出ているけど、無意識なのか癖なのか、飄々とした態度からは伺えない。

「…ん?自分で作ってるの?」
「ええ、両親が忙しいから私が家事をしてたのよ。去年までは妹が幼稚園でね、その時に妹のお弁当を作っていたから慣れてるわ」
今は一人暮らしだけどね、と付け加える彼女に感心しながら、梅雨ちゃんの妹だったらきっと可愛らしいのだろうなと勝手に想像を膨らませる。

「ねえ、一緒していい?」
「うん?」
「あら、耳郎さん」
座って食事を広げていると、同じクラスの女子が3人、話しかけてきた。
「いーよ!えっと、」
「ウチは耳郎響香、失礼するね」
「芦戸三奈だよー!」
「葉隠透です!よろしく!」
「うん、乱架由有です、よろしくね」
梅雨ちゃんと百ちゃんはすでに話したことがあったらしい。いつの間に、と思ったら昨日の帰り、駅で一緒になったとか。
う、羨ましくなんてないんだから!私だって障子くんと仲良くなったんだから!!

「A組女子揃ったねえ……いや、お茶子ちゃんがいないか」
「お茶子ちゃんならさっき飯田ちゃんと緑谷ちゃんと一緒にいたわ」
「あー、なんか仲いいよね」
「私たちは場所空いてるとこなくってさー、ちょうど乱架たちがいるの見つけて来たんだ」
人混みに揉まれて疲れた顔をした三奈ちゃんが、紙パックのジュースにストローを刺しながら話す。
何も塗っていないのに、ぴかぴかと蛍光灯の光を反射する、美しい紫の肌色が透けた爪。きれいだなあとその指先が動くのを横目で眺めながら答える。
「食堂すごく混むもんねー、入ったときびっくりしちゃった」
「そうそう!ヒーロー科って人数少ないし、全校生徒がこんなにいるとは思ってなかったよ!」
顔は見えないが、ハイテンションな身振り手振りをつけて話す元気な声色から、どんな表情をしているのかなんとなくわかってしまうのは透ちゃんだ。
顔はわからないがきっと可愛い顔をしているに違いない。ていうかすでに可愛いから間違いなく可愛いだろう。

「八百万サラダだけ?」
「ええ、ちょっと…」
「ダイエット?」
「ダイエット、といいますか……減量、という方が正しいのかもしれませんわ」
「百ちゃん試合前のボクサーか何か?ちゃんと食べないと筋肉つかないよ」
そんな私は大盛りカレーとささみサラダと牛乳を目の前に広げている。このテーブルで一番食べる量が多いのは私だ。
年頃の女の子としてこれはどうなんだ、私。
恥ずかしいけど、これもトップヒーローになるため!そう!仕方なく、仕方なくなんだ!身体を作るにはいっぱい食べることが必要だから!
カレー美味しい!!

「よく食べる乱架がその大きさなのはわかるんだけど、それしか食べてないのにその発育はなんなの、みんな15歳だよね?ウチがおかしいの?ねえ」
「響香ちゃん、大丈夫よ、この二人はおそらく鍛えた結果なのよ。普通は15歳くらいから成長し始めるものよ」
「そういう蛙吹も地味に大きいんだよ!なんだよ!畜生!ウチ、しっかりバランス考えて定食とか食べてるのにバカみたいじゃん!」
「ケロ…」
じろちゃん(と呼ぶことにした)は若干小ぶりなその膨らみとみんなとを見比べて嘆く。確かにうちのクラスは軒並み大きい方の人が揃っている、と思う。
大きさだけが全てじゃないのだと言ってあげたい。しかし、私が何を言っても慰めにならないのだろうと、胸筋を鍛えたせいで巨大化した自分の胸元を眺める。
じろちゃんの恨めしげな視線を浴びるも、正直なところ私にとってのこれは邪魔者でしかないので、微妙な心持ちだ。

私はじろちゃんの胸も十分に魅力的だと思うんだけどな。
実際とてもいいじゃないか。スレンダーな体型に胸だけ大きいなんて野暮ったいし風情がないだろう。じろちゃんは今のそれが素晴らしい黄金比率を完成させている。わびさびというやつだ。もっと自分の胸囲の素晴らしさを理解するべきだ。
などと語りだしそうになるも、百ちゃんから同性愛疑惑を持たれている現在下手なことは言うべきじゃない、と口を噤んだ。


昼休みも終了したら、午後はヒーロー基礎学を学ぶことになる。教室で席について待っていると、バリアフリー仕様のドアから明らかに画風の違う顔が現れた。

「わーたーしーがー!!普通にドアから来た!!!」
「わぁっ……!」
トップヒーローの登場に思わず声が漏れて、百ちゃんとその隣の席の轟くんから同じタイミングで一瞥された。恥ずかしさで紅潮した頬を両手で押さえて俯くが、目だけはしっかり教壇の前をご機嫌に歩くオールマイトを追う。
かっこいい……生で見ると本当に画風が違う。なんだか次元を超えた大いなる力を感じる気がする。

私が目標として憧れているヒーローはもちろん両親だが、個人的に好きなヒーローはダントツでオールマイトだ。あの完璧な肉体美は私の目指す筋肉の完成形といえる。
鍛えてあんなふうになれるとも思わないし、ああなったとしても個性が違うからオールマイトと同じことはできないのはわかっている。しかしあの肉体から放たれる強烈な一撃、己の肉体一つで敵を薙ぎ人々を救う彼の姿は私に鮮烈な衝撃を与えた。
そんなオールマイトが、教師という立場で私たちにヒーローになるための教育をしてくれる。こんな幸せがあろうか。雄英万歳。ヒーロー科最高。

「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地をつくる為様々な訓練を行う科目だ!!」
単位数も最も多いぞ、と付け加え、もったいぶって溜めたポーズののち授業内容の記されたカードを私たちに突きつける。
カードには、「BATTLE」の文字。
「早速だが今日はコレ!!戦闘訓練!!!」
おお、戦闘訓練……ちょっとわくわくしてきた。

「そしてそいつに伴って……こちら!!!」
オールマイトの台詞と同時に教室の壁が動き出し、収納されていたらしい棚がスライドして開かれる。
「入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』に沿ってあつらえた…戦闘服!!!」
その言葉にクラス中が色めき立ち、歓声が上がる。中には立ち上がる生徒もいた。

私はデザインも完全に任せてしまったしそれほどこだわりはないが、やはりヒーローの目印ともなるそれを着るというのは、憧れのヒーローに近づくことができたようで嬉しいのは確かだ。うきうきと自分の出席番号の棚からコスチュームを取り出す。

「着替えたら順次グラウンド・βに集まるんだ!!」というオールマイト先生に、はーい!!!と元気よく返事をした私たちは早速コスチュームを開封する。


「……えっ」
おっかしいな、布がずいぶん少ない気がするな?
「ねえ百ちゃんコレ、」と隣でコスチュームを手にする百ちゃんに話しかけると、彼女の手の中にあるのも似たような大きさの布だったので、なあんだコレが普通なのかと安心して着替える。

しかし。
「ねえやっぱりこれおかしくない?ねえ百ちゃんおかしいよねコレね?」
なんと言ったらいいのか、これ、これ、ローライズにも程があるっていうか、お尻出てる。
私が両手を当てて隠しているお尻の方を見て「まあ」とさして驚いてもいないような驚き方をした百ちゃんは、胸元からお腹にかけてがばりと開いたノースリーブのスーツにベルトとショートブーツだけだった。こうして見ると、下になにも履いていないように見える。
…なんだろう。単純にコスチュームだけ見たら私のほうがいろいろついてるし、百ちゃんよりはいいような気がしてきた。

「……いややっぱりおかしいよ!これ!見えてるもん!!」
多分これはアレだ、「コスチュームの露出における規定法案」に違反している!!だって半ケツだもの!!!
確かに要望を書いた。羽や尻尾を生やす関係で、肩甲骨と尾骨の部分に肌に直接フィットする布があると困る、と。
しかし同時にそこらへんの形を工夫して欲しいとも書いた。
私はてっきりスカートのような形の、邪魔にはならないけどしっかり隠すようなものが用意されるだろうと思っていた。
それがどうだ。半ケツである。予想の斜め上すぎた。
サポート会社の方々、工夫とは何か、辞書で調べていただきたい。

ほぼ胸と股間しか隠していない(お腹も背中も見事に露出している)スーツ。しかしその他の装備は充実している。首元から繋がった、二の腕を守る盾のような防御装備、それと揃えたメカっぽいデザインの、耳と目を覆う形で装着するゴーグルのようなヘッドギア。
首と腕に巻きつける一本の長い布は、衝撃を吸収する丈夫な素材で出来ているらしく、盾にするもよし、相澤先生の布と同じように武器として使うもよしだそうだ。
この辺は防御力を補助するようなものを、という要望に沿っているらしい。ありがたい。
靴はかかと部分に機動性を上げるためなのかタイヤがついていて、その軸につながれた伸縮性のベルトは、ウルトラローライズの腰元についた機構に収納されるとか。いわゆるメジャーのような仕組みになっていて、脚を急に欠損した際には自動で巻き取られるという便利な代物だ。

ここまで最新鋭の技術を詰め込んだ機能性抜群のスーツを用意できて、なぜ半ケツなのか。確信犯なのか。私の尻とか誰得なんだ…
私は頭を抱えるしかなかった。



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体育祭前話とか堀越先生のツイッター落書きで梅雨ちゃんがお弁当箱らしき物を持っていたのでお弁当派なのかなって

思ってたんですけど食堂メニューも食べてるんですよね梅雨ちゃん。どっちなんだ梅雨ちゃん。



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