午後の授業が終りに近付くと、教室の窓に雨粒がひとつ、ふたつと落ちてきた。空には厚く重い雲が、いまにも手が届きそうな高さまで降りてきている。

(風邪ひくよ、)
雨の降りだす三十分ほど前から校門の陰にしゃがみこむ誰かさんに、聞こえるはずの無い声で呟いて終業と同時に走って教室を飛び出した。
雨は、止むことを知らない。

「壬晴には解らないよ」
きのうの誰かさんのセリフ。近づいてたというよりは、むしろひとつになっていたふたりの距離を、たったこの一言で無惨にも、地球と土星ぐらい?とにかく遥か遠く引き剥がしたのだ。きっと彼はネガティブの天才か何かなのかな。それとも天外孤独を気取りたい年頃なのかな。ああそうか、彼ははじめから俺のことなんて望んでいなくて、大きなお世話だとでも思っていたのかな。昨晩の一連を思い出せば出すほど、彼の吐いた暴言への怒りしか浮かばず、ほとんど眠れなかった。そうしてベッドの中何十回もの寝返りをし、朝4時になって気が付いたのは、言い放つ瞬間の彼がとても哀しそうな顔をしていたということ。
「わかりたくもないね」
自分が返した言葉こそが、ほんとうの暴言だったんだということ。出逢ってからいままでずっと誰よりそばにいたくせに、自分は彼の何を見ていたんだろうか。彼を気遣うふうでいたくせに、実のところは自分のことばかりを考えていた。うんざりだ。これじゃあきっと、宇宙の外へ追いやられても仕方ないだろう。
朝8時、家を出る頃にはすっかり涙で目を腫らした。

教室を飛び出した勢いそのまま一気に走りきると、校門の脇、いつもと同じ帽子と黒いコートが、顔を上げた。

「壬晴、変な顔」
「泣いたから」
「なんで」

雨は、止むことを知らない。
今俺がたまらず泣き出したとしても、宵風はその涙を気付かないフリでいてくれるかな。

「きのう、ごめん」
「それに変な傘だ」
「よいて、聞いて」
「怒ってない」
「うん、うん」
「僕も、ごめん」
「帰ろっか」

頭ひとつ背の高い彼に傘をあずけ、地球と土星、広く離れすぎたふたりの空を近付けた。直径100センチぐらい、ふたりぶんの。

「宵風」
「なに」

祖母が買ってきた青空模様の傘。男の自分が持つには趣味が悪いと思ってたけど、きょう初めて、この空に感謝できそう。









「水色の傘」
20070711
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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