目の前に私がいた。
鏡とかガラスとかに映ってるわけじゃない。本当に、私がいたのだ。その瞬間に、ああこれは夢だと理解する。
目の前の私は私が見ても無表情で、何を考えているのかわからなくて、怖い。

目と鼻の先にいる私は不器用に口角を上げて、歪な表情で笑った。でも目は笑っていない。まるで人形みたいだ。

ーーーいつまでそうしているつもりなの?

頭に、私の声が響く。
いつまで。いつまでってなんだ。そうしてるって、私が何をどうしたっていうのだ。
酷く、頭が痛む。

ーーー顔をふせてちゃわからないと思うけど

この子は、・・・私は、何を言っているのだろう。
私がいつ、顔を伏せたというのだろう。今だって、ちゃんと私の目を見て話を聞いているのに。

ーーー人殺し

急に、声が低くなった。
"人殺し"
その声は、私がもっとも恐れていた言葉を簡単に吐き出した。頭が割れるように痛くなる。やめて。私は、私には、関係ない。

ーーーひとごろし・・・

目の前が真っ赤になった。

▲▽▲

「・・・気がつきましたか」
「・・・・・・・・、・・・?」


嫌な夢を見ていた気がする。背中は自分の汗でじっとりと濡れていて、すごく気持ち悪い。

私の顔を覗きこんでいたテツヤさんが心配そうな表情をしている。なんでかはわからないけど、酷く泣きたい気分だ。
起き上がろうと手に力を入れると、肩に激痛が走る。「駄目ですよ」低く、強い声音で諭すように言われて押し戻された。


「ここがどこかとか、貴女がどうなってしまったとか、後々説明します。黄瀬くんから伝言を預かってるので、それを最初に伝えておきます」
「・・・黄瀬、?」
「覚えていないんですか?彼を庇って、貴女は肩を撃たれたと聞きましたが・・・」


・・・・・思い、出した。
黄瀬の愕然とした表情と、森山さんの焦ったような声。焼けるような肩の痛み。

ーーーひとごろし


「・・・っ!」
「・・・久遠さん?」
「、なんでも・・・ない・・・」


額に張り付いた髪の毛を退かしながらゆっくりと首を振る。
あれは、あの夢は。この世界から顔を背けた私への、警告だ。私がやっていることは、確かに"人殺し"なのだ。

テツヤさんの吸い込まれそうな程に透き通った淡い青の瞳を見る。


「二度とあんな真似すんな、だそうです」
「・・・・・・」
「血だらけの彼が、貴女を抱えて来たときは驚きました」


それは、どこに驚いたんだろう。
黄瀬が私を助けようとここに運んできたことにか、それとも私が死にそうになっていることにか。
あんな組織にいるんじゃ、どれだけ強くったって血を流すことなんて日常茶飯事なんだろうに。だとすれば、前者か。
・・・どこか覚めた頭の中で、そうやって考えてしまっている私がいることに自己嫌悪する。

寝転んだままだと話しづらい。撃たれていない方の手をついて上半身を起き上がらせれば、ここがとりあえず知らない場所だということが分かった。


「・・・僕が所属する誠凛の建物内です。誠凛は、病院を営んでいるので」
「テツヤさん、ありがとう」
「いえ。実際に診てくれたのは監督なので・・・僕は何も」
「監督・・・」


あの、ショートの萌え袖さんか。
声には出さず、知らないふりをして首を傾げればテツヤさんは丁寧に「相田リコさんです」と教えてくれた。数少ない女性キャラに興奮を覚える余裕もなく、急な眠気に襲われる。

まだ数回しか会っていなかったけれど、テツヤさんの傍はなんていうか、すごく落ち着く。マイナスイオンでも放ってるのかもしれないなあ、とくだらないことを考えた。


「しばらく貴女に任務は下されないはずです」
「そっか」
「だから、ゆっくり休んでください」


意外にも大きくて男らしい手に視界を覆われて、そこからの記憶はない。
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