どくんどくん、さっきから一向に心臓の鼓動は大きく速く動いたまま、平常に戻ってくれない。
それを顔には出さないようにしながら、黄瀬の腕に自分の腕を絡めてパーティーが行われる建物の中に来た。
笠松さんたちは今頃足りない頭を捻りに捻った作戦通り動いてくれているはずだ。
黄瀬の腕を掴む手に、無意識に力を込めてしまう。そしてそれに気づいて力を緩めて、でもまた力を入れてしまっての繰り返し。黄瀬は珍しく私に非難の目を向けるでもなく、静かに歩いていた。


「まずは主催者を殺るっていうのが殺しの基本っス」
「う、ん」


探せってことだろう。
キョロキョロと首を動かすわけでもなく、視線だけを動かしてそれらしき人物を探している黄瀬に倣って私も神経を尖らせた。いや緊張しすぎて既にそれ以上にならないくらい尖ってるけど。

人がたくさん居た。子供連れのお偉いさんも居た。たぶんその子どもも、殺されることになる。
私たちの、手によって。
ぐっと唇を噛んで、いつものおまじないのように繰り返してきた言葉を頭の中で呟く。

ーーー私には関係ない。私はこっちの人間じゃない。


「・・・見つけた」
「え、」
「たぶん・・・いや絶対、アイツっスね。護衛三人もつけてわかりやすすぎ」


護衛が三人・・・?
視線をめぐらしてそれらしき人を見つける。随分と年のいった老人で、驚く。世の中って本当にわからない。

それよりも、護衛が三人って、いくら黄瀬でも全員を相手に無傷ですむんだろうか。
そんなことを考えていると、ステージと思しきところに薄く汚れた白い服を身にまとった人たちが、死んだ表情で何人も何人も上ってきた。
奴隷密売が、始まったようだ。

また無意識に黄瀬の腕を握る手に力を込める。「あ、ごめん」そのことに気づいて謝れば、黄瀬は一瞬私を見て「別にいいっスけど」とぶっきらぼうに言った。
それが彼なりの優しさなのか図りかねたけど、もう一度謝ってから黄瀬の腕に抱きつくようにして引っ付いた。もうこの際、心臓の鼓動がバレようがどうでもいい。下手したら死んでしまう、そんな作戦なのだから。


「・・・アンタの予想通りっスね」
「・・・うん、やっぱり参加者より奴隷の数のほうが多い」
「まあその方が好都合なんでしょ?」
「あくまで私の予想から組み立てた作戦だから、百パーセント予定どおりに動いてくれるかはわからない」
「は?んなのわかりきってるっつの。つーか弱気やめてくんないっスか。・・・アンタらしくない」


失礼だな。私はつい先日まで一般人だったんだぞ。・・・なんて言い訳が通じる世界じゃないって事は、わかってるつもりだ。
黄瀬が私に腕を掴まれたまま、両手をポケットに入れた。
品定めするように奴隷の人たちを見ている大勢とは対象に、満足そうな顔で"どれくらいの金が入るか"なんてことを考えてるであろう主催者のおじいさん。

人だかりの一番後ろ。狙いは主催者。一度瞼を閉じた黄瀬は、すっと剣呑な瞳でおじいさんを睨んで、即座にポケットにつっこんでいた手を出した。その手に握られているのは拳銃だ。
ーーー・・・一発勝負。

パン、と乾いた音が室内に響いた。何度聞いても慣れない、銃声。
それが合図だ。


「伏せろ!」


黄瀬にぐいと腕を引かれて、テーブルの下にしゃがみこむ。
その瞬間、床に伏せるおじいさんから流れ出る赤い血と、奴隷の人たちの死んでいた瞳が獣のようなそれに変わるのが見えた。

▲▽▲

『奴隷の人たちに、参加者を殺すための武器を与えるのはどうですか』


私の声は震えていなかっただろうか。
最後まで"私自身の手で人を殺めない方法"を考えて、出した答えだ。赤司も罪なき人を殺すのは意思に反するとは言ったけど、一人も死傷者を出さないのはどうしても無理がある。
そのことを、ここにいる誰もが、もちろん赤司も、わかっていたはずだ。重要なのは、死傷者を何人に抑えられるかということ。

真っ直ぐに私を見る笠松さんを見返しながら、続ける。


『奴隷の人たちはパーティーが始まる前、必ずどこかの建物、あるいはトラックなどの中にいれられてると思うんです』

『そこで見回りとかしてる人が居ても、笠松さんたちならきっと簡単に倒せるでしょうから、その時に・・・』

『彼らに人を殺せる武器を渡して・・・銃声が合図だと伝えておけば・・・生きたいと思ってる人間は、自分たちを飼い殺ししようとしている"敵"を殺してでも生きようとすると思うんです』


無言でケータイを取り出した笠松さんは赤司に連絡を入れて、二言三言言葉を交わしたあと私の目を見て小さく頷いた。

▲▽▲

悲鳴や銃声や金属のぶつかる音で騒がしかった室内が、段々と静かになっていった。
はぁはぁという息遣いだけが聞こえてくる。私をテーブルの下に匿わせて自分も出来るだけの参加者を殺すためにすぐ出て行った黄瀬が顔を覗かせて、思わずほっとため息をついた。

でも、ここから出るのが怖い。きっと多くの人が死んで、真っ赤な血の海の残酷な光景が広がっているに違いない。怖い。


「・・・終わったっスよ」
「わかってる・・・」
「・・・・?」


黄瀬の頬についた返り血に思わず手を伸ばしかけて慌てて止めた。なにをしてるんだ、私。
触れたらいけない。私は、私は。


「ほら、立って」
「・・・うん」


珍しく、なんだか優しい気がする黄瀬に腕を引かれて立ち上がる。
俯かせていた顔を恐る恐る上げれば、そこには想像以上の人間だったそれが転がっていて眩暈がした。「久遠ちゃん!」いつの間にいたのか、森山さんが慌てて私を支えてくれる。


「すみません。ずっと座ってたから、突然立ち上がると目の前真っ暗になって」
「・・・そっか。大丈夫?」
「はい」


黄瀬と同じように返り血を浴びる森山さんに、出来る限りの強がりで答えた。傍に転がった子どもの死体にまた眉をしかめそうになる。
奴隷の人たちはどれだけが助かったんだろうか。もう顔を上げるのも怖い。私はこんなに割り切れない性格をしていただろうか。

悶々と考えていると、視界の隅で誰かの指がピクリと動いたのが見えた。
死んだと思っていた体が起き上がって、落ちていた銃を拾う。銃口が向けられた先にいるのは、黄瀬。

考えるより先に、体が動いていた。
肩が焼けるように熱い。森山さんの大きな声と、黄瀬の愕然とした表情が傾いていく。


「(だって私、人に殺させてばっかりだ)」


自分で人を殺すのはどうしても怖かった。それはもう、どうしようもなく。
自分だって死にたくないくせに、なんでこんなことしてるんだろう。ああ、肩が熱い。
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