女の子の日に差し掛かったあたしの思考回路は、尋常じゃないくらいにネガティブになる。
下腹はキリキリと痛いし、汚い話をすると股の間は気持ちが悪い。授業なんて受けてる場合じゃないほど二日目や三日目の時は痛い。本当に痛い。
国語の先生は基本優しいから、少しくらいだらけた態度をとっていても見逃してくれる。それをいいことに机に頬を当てて項垂れていると、前の席の怜くんが心配そうな顔で振り返ってきた。


「大丈夫ですか?すごく顔色が悪いですよ・・・?」


ひそひそ、周りに迷惑にならない程度の声量で声をかけてくれる怜くんに小さく頷いて、ぐっと両腕を伸ばした。
男の子の怜くんにこんな事情は話せない。話したら話したで顔を真っ赤にしてどうにもならないだろうし、ましてや痛み止めの薬なんて持ってるわけがないし。


「酷いようなら保健室に行ったほうがいいんじゃ・・・」
「それはやだ」
「なんでですか?貴女としては授業もサボタージュできて一石二鳥じゃないですか」


しれっとそう言った怜くん。君の中のあたしってそんな不真面目な子なのか・・・悲しい。


「だって、もし保健室行ってさ、このまま午後の授業受けずに帰れってなったら・・・その、遙先輩と、一緒に帰れないし・・・」


言ってて恥ずかしくなってきた。
きょとんと目を丸くした怜くんから顔を背けて今度は額を机に押し当てた。「・・・わかりました」若干の笑みを含んだ声。え、わかりましたって、なにがだ。
ばっと顔を上げると、机の下でなにやら手を動かしている様子の怜くん。その手に握られているのは、ケータイだ。
うおおい、真面目な、あの真面目な怜くんが授業中にケータイなんぞいじってるのがバレたら先生もがっかりしちゃうぞ、ダメだよ、ちょっとちょっと。


「一人の友人として貴女の体調が優れないのは見過ごせませんし・・・とりあえず遙先輩に連絡しておきました」
「ええっ」


思わず大きな声を出してしまう。ざっと集まった視線に曖昧に笑いながら、怜くんの椅子を蹴った。「なにするんですか!」またもやざっと集まった視線に、今度は怜くんが慌てる番だ。

■■□■

「久遠」
「うわっ、遙先輩」


友人から痛み止めの薬をもらって水道水で飲もうとしていたら、背後から聞きなれた声。
驚きながら振り返れば、そこには案の定遙先輩の心配そうな表情があった。あまり表情が変わらない彼だけど、橘先輩まではいかずともあたしだってそれなりに遙先輩の考えてることがわかるようになってる。

大きな手が頭に乗って、優しく撫でられた。これは遙先輩の癖みたいなものだ。


「怜から聞いた。大丈夫なのか?」


頭から頬に移動した手は、冷たい。それが妙に心地よかった。って、ここ学校!過剰なスキンシップは控えないと。その手に擦り寄りそうになったところをぐっと押しとどめて、笑ってみせる。


「薬飲んだし、大丈夫です!」


だけど、遙先輩は薬という単語にますます心配を募らせたようだ。
ぐぐっ、とかかわりの薄い人でも一目見たらわかるくらいに眉根を寄せた彼の顔が近づいてくる。
いやいやいや、ここ学校ですってば!


「ちょ、っと遙先輩!」
「本当に、大丈夫なのか」
「大丈夫ですって!それより近いですよ!」
「・・・でも、顔色が悪い」


ぐいぐいと肩を押せば少し離れてくれたけど、遙先輩の瞳は悲しそうだった。
ああ、余計な心配かけちゃったな。謝らないと、と思ったとき、ずきんと下腹が痛んで思わず少し前かがみになってしまう。


「っ久遠」


ああもう、タイミング悪い!
ここまで酷いのは初めてだ。っていうかなんで今・・・

遙先輩の手が、背中に回る。あったかい。顔を押し付けられた服越しに、遙先輩の鼓動が伝わった。焦ってるのか、それはいつもより速い。


「だ、だいじょうぶです」
「どこがだ!」
「うおっ・・・!?」


初めて聞いた、遙先輩の焦ったような、大きな声。
気づいたら足は宙に浮いていて、景色がびゅんびゅん通り過ぎていく。
これは、所謂・・・お姫様だっこ、とかいうやつだろうか。なにそれ!公開処刑か!


「せ、先輩!ほんとに大丈夫ですって!降ろしてください!」


遙先輩は聞く耳持たずといった感じで走り続けている。たぶん、行き先は保健室だ。
恥ずかしいけど、ここまで真剣に心配してくれる先輩の優しさに触れて、愛されてるなぁだなんて実感する。恥ずかしいけど!


「・・・久遠が元気じゃないのは、いやだ」


真っ直ぐな遙先輩の言葉はいつだって裏表がないから、本当に恥ずかしい。
照れ隠しに先輩の胸元に顔を埋めて隠した。
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