願い、心にとめて
団子に伸ばしかけた手を止める。
いや、違う。故意に止めたわけではなかった。決して。
リーダーから伝わった情報に、体が一瞬硬直したように動かなくなった、のほうが正しい。
"久遠が拉致された"
厳かなリーダーの言葉が重く深くオレの中に響く。
動揺する要素もなにもないはずなのに、何故かオレは自分でも驚くほど動揺していた。
目の前で茶をすすっていた鬼鮫も手を止め、静かに湯のみをテーブルに置き、まさかねぇと呟いた。
イタチ兄さんと呼びながらオレの腰にまとわりついていた久遠の面影が浮かぶ。
もはや彼女がいて当たり前だったアジトに帰っても、当たり前だったそれは当たり前ではなくなった。
こんなにも彼女を受け入れていたのだと、いまさらになって気づく。
考えられるのは、大蛇丸か・・・
いや、もはやそれしか考えられないだろう。
無駄な殺生は好まないが、あいつがこの組織を抜けたときに殺しておけばよかったと後悔する。
不死身を誇るアイツが、そう簡単に死ぬとは到底思えないが。
まさかこういう形で、久遠が暁にとっての弱みになるとは思わなかった。
無情で、冷酷で、残酷うえに最強なオレ達にとって。
「で、」
鬼鮫の声で我に返る。
手に持っていたみたらし団子は、蜜が重力にともなって皿の上にほとんど落ちていた。
「どうするんですか?」
どうする。その言葉はリーダーに質問しているというより、オレに向けて問うているように聞こえた。
"・・・暁の目標は、世界征服"
たかが女一匹がそれの弱みになるのなら、この際捨て置くべきなのだろう。
リーダーの声が直接頭に響く。
それはある意味正論で、とても残酷な決断だった。
無言のまま目を伏せる。
"だが、このまま大蛇丸の思い通りになるというのも気に食わない"
予想外の言葉に、驚いた。
それはまるで、久遠を連れ戻すと言いたげな口調だ。
ひそかに望んでいた決断。
きっと、リーダーがそれを否定してもオレは実行しようとしていたのだろう。
"・・・まだ聞いていないこともあるしな"
追跡を始めろ。お前達のことだから大事にはならないだろうが、感づかれるなよ。
その言葉を合図に、オレと鬼鮫は顔を見合わせて店を出た。
同胞殺しのオレが思っていいことではない。
だが、無事でいてほしいと願わずにはいられなかった。
いつの間にか、当たり前にオレ達の前で笑っていた久遠をこれからも見ていたいと。