まずは部屋に戻って、一息ついてから赤司のところに行こう。
そう思いながら自室のドアを開けて、ずっこけそうになった。暗闇でもはっきりと分かる、赤い人。少しくらい休ませろ、身体じゃなくて精神を・・・
ベッドに腰掛けていた赤司は、まるで私が戻ってくるのをわかっていたかのような口調で「おかえり」と僅かに笑った。
解せぬ。なにがって、ボスがわざわざ下っ端の下っ端の下っ端くらいの位置にいる私に時間を割いていることが。
そのまま歩み寄ることもせず、まあ手間が省けたからいいかと思って手短に今日の報告をしておいた。
赤司はそんな私を黙って見つめたまま、腕を組んで時折頷く。
一通り話し終えたら、赤司はまた僅かに口角を上げながら「ご苦労だったね」と労わりの言葉をくれた。・・・相変わらず、赤司は本当に何を考えているのかわからないな。


「そのお守りは役に立ったかい」
「・・・・そりゃあ、もう」
「それはよかった」


近づいてくる赤司から逃げそうになるけど、ぐっと堪えた。
彼の手が首に伸びてくる。その様子をぼーっと眺めていると、首にかけていたお守りの紐をちぎって取られた。そして、冷たいものが再度首にかけられる。

シルバーで統一されたチェーンの先端にあるのは、ゴールドのリング。お守りより、身に着けていてはるかにナチュラルな発信機。


「新しく作らせたものだ。これのほうが身に着けていて違和感もないし、なにより女性はこういうもののほうがいいだろう」
「これで発信機がついてなかったら最高でした」
「一言多いね。素直に喜べないのか?」
「わーい、うれしーい」


棒読みの台詞に、赤司はくつくつと笑う。
どっと疲れが増してきた。

察したのか、赤司が廊下に出て私の背を押し部屋の中に誘導する。


「疲れただろう。風呂は明日入れ」
「・・・・・・・はい」


本当はお風呂に入らないと気が済まないタイプなのだけれど、今回は赤司の言うとおり、体が疲れきっている。
素直にベッドまで歩けば、「おやすみ」と柔らかい声が背後でして振り返ったときにはもうドアは閉められていた。

やっぱり、赤司はよくわからない。

▲▽▲

久遠の部屋を出た赤司は、さっきまでいなかった人物を振り返った。


「どうした、大輝」


その何もかもを見据えているような目に、青峰は内心言うのを迷ったが、壁にもたれかかりながら口を開く。


「早いうちに殺さねぇとマズいんじゃねーの」
「それは、誰のことを言っているんだい?」
「お前なら分かってんだろ」
「そうだね。まあ結論だけ言うなら、殺す気はないよ」


笑みを含んだ赤司の言葉に、青峰は「だと思ったけどよ」と言葉を濁す。

久遠は、意外にも繊細だった。
初めて顔を合わせ銃口を向けた時、微動だにしなかった彼女の様子からは想像もできないほど、本当に先日までただ平凡な人生を送っていた一人の少女だ。
ご飯を食べるときは必ず手を合わせ"いただきます"
荷物を持ってもらったら"ありがとう"

ごく当たり前のことを、当たり前のように行動する。

そして、賢い。
怖がったところで意味はないということもわかっていて、初めて死体を、人が人を殺す場面を見ても、無表情だったと言う。

だからこそ、いつか、壊れてしまうだろう。
そういう確信が、青峰の中にはあった。そして、思わず手を伸ばしてしまった自分に対しても、青峰自身驚きを隠せない。
関わりは薄い。なのに、だ。

たくさんの人間を殺してきた。けれど、自分が人間でなくなったわけじゃない。
人間でいる上で一番厄介なのは、感情があることだ。


「俺も少し驚いたよ。どこかこの世界事情と一線引いているように見える彼女が、意外にも・・・脆い」
「このまま任務与え続けて大丈夫なのかよ」


非難の混じった目を向けながら、青峰は頭をかく。
久遠の身を案じているわけではない。ただ、誰もが人が壊れる様子を平然と見れるわけではない。それならいっそ、何も余計な感情を持たないうちに殺してしまったほうが、いい。


「まあ、それはそうなってから考えるさ。少なくとも俺は、彼女のことを気に入っているからね」
「・・・ふーん」


これはまた厄介なやつに気に入られたな。
そう一言残して、青峰は自室のドアを開けた。

赤司と青峰の死角から一連の話を聞いていた黄瀬は、壁にもたれかかりながらそっと息を吐いた。
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