「はっ・・・くしょい!」


ずず、と鼻をすすれば、顔をしかめた弟が靴を履きながら「移さないでよ」と念を押すように言ってきた。肌寒さにくしゃみが出ただけなのに、なんという言われよう。時が経つにつれて生意気になっていく春斗も、受験シーズンである。

季節は秋。

うるさいなあ、風邪なんか引いてないしと愚痴をこぼしながら春斗の頭を軽く叩いて自分もローファーを履く。すぐ暴力振るう女子はモテないんだよと言い返してきたけど、こいつはあたしが遙先輩とお付き合いをしているのを知ってるはずだ。
そして、その彼が毎朝あたしを階段の下で待ってくれていることも。


「いってきまーす!」
「いってきます」
「春斗あんた弁当忘れてるけど購買で何か買うのかい!?金はあげないよ!」
「げっ」


まだまだだな、弟よ。

■■□■

「ぶえっくしょい!」
「・・・風邪か?」


隣を歩く遙先輩が、心配そうにあたしの顔を覗きこんでくる。その近さにはもう、慣れてしまった。
それよりなにより、遙先輩の前で女子らしからぬくしゃみをしてしまったことのほうが恥ずかしかった。
大丈夫です・・・と尻すぼみながら誤魔化すためにスクールバッグを肩にかけなおす。
ぽんぽん、と遙先輩の大きな手が頭に乗って、するりとごく自然に手を握られた。渚は遙先輩に恋人がいたことないって笑ってたけど、絶対嘘だと思うんだよね。
恋人がいたことあるあたしより確実に慣れてるもん。

それでも変に勘繰って嫉妬してしまわないのは、自信過剰だって思うけど先輩があたしのことを大事にしてくれてるのがわかるから。


「おはよう、久遠ちゃん」
「!おはようございます、橘先輩」


少し歩いたところで、橘先輩と合流する。彼の家もそう離れていないのにここで合流するのは、先輩なりの配慮だ、たぶん。
少しでも二人きりでいられるように、時間をつくってくれる。
気を遣わなくてもいいのになあとは思ってるけど、付き合うことになったあの夏のプールで心の底から嬉しそうに笑った橘先輩を思い出すと、そんなことも言えなくなる。
ここは遠慮せずに厚意を受け取っておこう、って。


「季節の変わり目は風邪引きやすいから、気をつけてね」
「はい。ありがとうございます」
「久遠が寒いって思うなら俺が温めてやるから大丈夫だ」
「・・・・・・・・・・・・・・ありがとうございます・・・」
「・・・っ・・・っ」
「橘先輩!笑うなら堪えないでください!なんか恥ずかしいじゃないですか!」
「?」


肩を震わせる橘先輩と、恥ずかしさで顔が熱くなってくるあたしと、相変わらず天然な遙先輩。
最初は戸惑ってしまっていた発言も、全て素で言っているのがわかるからこそ突っ込み辛い。
そういう意味じゃないってわかってるし遙先輩が下ネタを言うキャラじゃないっていうのも分かってるけどね!けど!一瞬でも考えちゃうっていうか、ほら、恋人になったわけだしね!
「久遠、顔が赤い。本当に大丈夫か」あなたのせいですけどね!?


「大丈夫です、いやほんとに、だからそんな顔近づけるのやめてください・・・」
「あーっ!ハルちゃんと久遠ちゃんが朝っぱらからチューしてる!」
「はっ、破廉恥ですよ公衆の場で!」
「してないわ!!!いらんこと言うな渚ァ!」


早々頭が痛くなってきた。
うきうき顔の渚と、何もしていないのに顔を真っ赤にしてる怜。勘違いも甚だしい。
挨拶代わりに渚を軽く蹴ると、「女の子がそんなことしちゃだめだよ?」と語尾に星がつくような口調で言われた。腹立つなオイ。


「久遠」


どこかしら真剣みを帯びた声で遙先輩に呼ばれて、彼を見上げる。
つながれた手に、ぎゅっと力を込められた。


「俺のことも蹴れ」
「・・・・・・・・・・はい?」
「渚は蹴れるのに、俺を蹴れないなんてことないだろ」
「いや、いやいやいやいや」


いきなりなんてことを言い出すんだ。
すると左隣から、「ハルは久遠ちゃんが渚に対して遠慮してないことに嫉妬してるんだよ」と橘先輩に耳元でささやかれた。

嫉妬の方向が間違ってると思う。
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