君がいることが
ゴゴゴ、と音を鳴らしながらアジトの入り口の岩がその先の空洞を露にする。
念入りに大蛇丸やその助手らが見張っていないかを確かめて印を結んだから大丈夫なはずだ。
旦那はヒルコを巻物にしまいこみ、僅かに眉を動かした。
オイラもいつもと何かが違うことにすぐ気が付いて、少し動揺する。
このアジトに足を入れるには、ひとつの欠点がある。
岩を動かすたび、少なからず音が漏れることだ。
それはアジト内にいる人間にとったら筒抜けなわけで。
つまり、ずっとアジトにいる久遠にはもちろん聞こえてるわけで・・・
・・・いつも真っ先に駆け寄ってくる、あの足音が聞こえないのだ。
「・・・チィッ・・・!」
旦那が焦ったように舌打ちした。
早足で、入り口を塞ぐことも頭にないのかあっという間に闇に溶けて消える。
オイラは駆け出したい思いをぐっとこらえ、印を結んで入り口を岩で封鎖した。
たかが小娘のために、あの旦那がここまで動揺するなんて。
驚いているのはそのことじゃなく、自分自身もあの女の安全を心から願っていることだ。
悔しい。だが、気になる。
オイラは旦那が消えた闇の向こうへ駆け出した。
***
リビング。
明かりが漏れるその一室に、オイラはなかなか足を踏み入れずにいた。
中から会話がまるで聞こえない。
騒がしいあいつのことだ。もし万が一オイラたちの帰還に気づかずにいても、サソリの旦那が姿を出せば止まることのないトークマシンガンが聞こえてくるはずなのだ。
・・・オイラが部屋にいても、だ。
もしここに久遠がいなかったら。
もしここにもう二度と動かない久遠が横たわっていたら。
考えるだけで、ものすごく恐ろしかった。
そして同時にまた、恐れを抱いている自分に驚く。
感化されすぎなんだ、オイラも、旦那も・・・暁メンバー全員が。
「・・・ったく、」
「・・・!」
旦那の声がリビングの中から聞こえる。
そして、
「・・・こんなとこで、死んでんじゃねぇよ・・・」
耳を疑った。認めたくなかった。
変態のあいつが、平和ボケしたあいつが、死ぬわけ、そんなわけねぇだろ!!!
「っ、久遠!!!」
「あ?」
「・・・あれ?」
想像とまるで違う中の様子に、勢いよかった声はしだいに小さくなる。
・・・あれ?・・・久遠?が、・・・あれは、寝てる?のか?
そこには、ソファーに体を沈めてにやけながら眠る久遠の姿と。
そのソファーの肘置きのところに腰掛けて久遠の頭を軽く叩く旦那の姿。
・・・久遠は、ただ寝ていただけだったのだ。
「・・・なんだよもう・・・うん、」
「どーしたデイダラ血相変えて。言ってみろオラ」
「っ、なんでもねーよ!!うん!」
なんでもねぇことねぇだろと口角をあげる旦那を一睨みしてリビングを出る。
旦那だって焦ってたじゃねぇか。自分の事は棚に上げてからかってくるもんだからたまんねぇよな、うん。
とは言えなかった。安心のほうが勝っていたのだ。
「・・・よかった」
小さく呟いた言葉は、誰の耳に拾われる事もなく暗い廊下に吸い込まれていった。