"この男の取引の仕方は基本直接交渉だ。周りに不審がられないようにごく普通の喫茶店で仕事の取引を装って手筈を進めていく。そこで楸、お前の出番だ。俺たちは自分で言うのもなんだが・・・強面だからな。こういう仕事柄、どうしても雰囲気が出てしまう。直接交渉の日取りと時間はもう決めてあるから、今から言う場所で実際に薬をもらって来るんだ"


ついこの間まで一般人だったこの私に、よくもまぁそんな度胸試しでもしてこいみたいなノリで任務を言い渡せるものだ。内容は理解してるつもりだ。とりあえず薬をもらえばいいんだ。そんな危険なもの触りたくも無いけど。
ただ、頭が追いつかないというかなんというか、何度も繰り返すけど私はつい最近まで一般人だったんだぞ。
目的地まで、ワゴン車みたいなでかい車を木村さんが器用に運転している。助手席に大坪さん、後ろの席に緑間と高尾さん、そしてそのまた後ろの席に私と宮地さんだ。なんだこの席順、初任務の私の心臓にとことん負担かけてくんな、くそ。

座席に深く腰掛けた宮地さんは、睨むようにして窓の外を見ている。
背中を丸めながら、私も同じように外を見た。ナビが、目的地までの残りの時間を告げる。死刑までの道のりに思えて仕方ない。
震える手をきつく握って、お守りを触った。なるほど、少しでも気持ちが軽くなる。発信機だってことを考えなかったら、だけど。


「そーんな緊張すんなって楸チャン!だいじょーぶ、俺らも離れたとこで見張ってっから」
「緊張するなって言うほうが無理だろこれ、さっきから震え止まんないもん」
「最初はそんなもんだって、なっ真ちゃん」
「知らん」
「緑間に聞くの間違ってるって分かっててわざとやってるよね高尾さん。マジ性質悪いわー」
「うは、バレた」
「これから任務遂行だっつーのに緊張感ねーなあ高尾?轢くぞ」
「いだっ・・・!すまっせん!」


後頭部座席から身を乗り出した宮地さんが、高尾さんのさらさらヘアーを存分に引っ張る。いいぞもっとやれ。
収拾がつかなくなってきたところで、大坪さんが振り返る。「着いたぞ」ひゅ、と息を吸い込んで、吐いた。


「楸」


しかめっ面をした宮地さんに名前を呼ばれてその相貌を見上げる。大きな手が乱暴に私の髪の毛をかき混ぜた。うお、と情けない声を出してしまう。なんだなんだ?


「行ってこいオラ」
「ちょ、おーぼー、!」


鷲づかみにされたまま、車からほっぽり出される。初陣にしてはみなさん厳しすぎじゃないすか。振り返ってみるも、外から中の様子がわからないように車にはスモークがしてあるからうかがい知ることはできない。
けどきっと木村さん辺りがぐっと親指を立ててくれてるはずだと思いながら覚悟を決めた。

▲▽▲

「こんにちは」


店に入って、少し拍子抜けした。普通のサラリーマンを装っているだけあって、雰囲気は柔らかい。
世の中ってほんとに怖いなぁなんて思いながら、言葉が出ないまま軽く会釈する。
すると彼は微笑んで、「さっそくですが」と例のものを取り出した。片手で持てるくらいのダンボールを手渡される。そして大きな両手を差し出してきた。

"楸は先日まで一般人だったことに加えて女だからな。相手も警戒を解きやすいだろう"

大坪さんの予想はドンピシャだったらしい。躊躇わず本題に入るあたり、そうとしか考えられない。
私は持っていた茶封筒を恐る恐る手渡した。その時わずかに相手の口角が上がったことも、見逃さない。・・・ああ、赤司は私のこういうところを買ったのかもしれない。

さて、ここからが本題だ。


「・・・・・・あの、」
「?はい、なんでしょう」
「私、実は薬とか初めてで・・・その、仲間に言われてここまで来たんです。でも少し不安で」
「・・・はい、と言うと?」


"薬を受け取ったら、なんでもいいから相手をその場に引き止めておけ。それからは俺たちの出番だ"


「仲間は、すごく気持ちがいいって言うんですけど、やっぱりまずいかなって」
「気持ち良いですよ、それはもう。まさに天国って感じでしょうね。僕はしたことがないのでわかりませんが・・・」
「あ、そ、そうですか。不安だけど、楽しみになってきました」
「当然やめられないでしょう。その場合は何度でもご提供しますので、ここにご連絡ください」


差し出された名刺を受け取りながら、ちらちらと辺りを見る。
喫茶店に、他の一般客の姿は無くなった。前のとおりにも、通行止めのコーンが置かれており人の気配はない。いつの間にか警察官の服を身にまとった高尾さんが彼の背後から顔を覗かせて、歯を見せて笑う。ほっと安心のため息を吐き出すのと、高尾さんが彼の腕を締め上げるのは、同時だった。


「なっ!?なにを・・・!?」
「はいよ、特別警察でっす。薬の取引現場、ばっちし証拠に残しましたー」
「は、はあ・・・!?は!?」


何が起こっているのかわからない様子の彼から先程渡した茶封筒を奪って、手招きしてくれる木村さんのもとに駆けつける。
緑間が拳銃を大事そうに磨いているのを見て少し鳥肌が立った。殺す、のか、これから。
ごくりと息を呑む。彼の目の前に立って目線を合わせた宮地さんは、剣呑な瞳で低い声を出した。


「残念だったな」


絶対零度の、冷たい一言だった。一気に青ざめたその人に、じゃかりと拳銃を向けた緑間。心臓が一気に暴れだす。それはもう、作戦結構前よりも、ずっと速く大きく。


「は、待っ・・・自首する!するか、がっ・・・!?」


音も無い。一瞬だった。いともたやすく引き金を引いた緑間の持つ銃の銃口から、白い煙が舞い上がっている。首を打ちぬかれたその人は、口から血を吐いて目を開けたまま死んでいる、ようだった。
・・・死んだ、のか。

"人を殺すって口では簡単に言えるけど、実際やってるの見ると堪えるもんやで?"

脳裏に浮かんだのは、今吉さんの言葉。
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -