部屋に戻ると、ベッドの上に今日買った服や下着の袋が置いてあった。どうやら黄瀬にも人間らしいところはあるらしい。借りを作ってしまったみたいで癪だけど、礼を言わないのは私のポリシーに反する。と、言うことで黄瀬を探そう。
もう一度廊下に出れば、そこにはさっきまでいなかったはずの人が口元に笑みを浮かべながら立っていた。え、嘘。


「おまさんが新しいお仲間か?」
「は、い」


いいいいいいい今吉さんだ!本物だ!嘘!これは夢!?
むぎぎぎ、と頬を引っ張ってみるけど、躊躇せずに引っ張ったせいでとてつもなく痛かった。今更夢もクソもないだろうと胸のうちで一人突っ込む。
ふーん、と依然笑みを浮かべたまま、今吉さんがゆっくり近づいてくる。緊張で、握り締めた拳の手汗がやばい。


「ワシ、今吉翔一な。事の経緯は聞いとるで。気の毒になァ思うたけどそうでもないみたいやな」


探るような瞳に、思わずつばを呑んだ。漫画越しでも感じてたけど、実際に対峙するとすごい貫禄っていうか・・・関わりたくない、かも。かっこいいし一番好きなキャラだったけど、それは漫画の中での話だ。赤司とはまた違う、人を見極める目を持ったこの人に嘘は通用しないような気がして足が竦む。


「ああ、そんな萎縮せんといてーや。楸さんの事情に首突っ込む気なんてあらへんから」
「・・・はあ」
「ただ、あれやな。たぶんここでやってくにはけっこー大変やと思うから覚悟しとき」


人を殺すって口では簡単に言えるけど、実際やってるの見ると堪えるもんやで?

自分に向けられた銃口と、冷たい瞳を思い出した。あの時私は殺される側であって、これから私は殺す側になるのだ。今吉さんの言いたいことはつまり、そういうことだろう。
言葉も出せず、頷くこともできずただ突っ立つ。すると背後から、「今吉さん」と諌めるような声が聞こえて振り返る。
テツヤさんだ。


「彼女に余計なことを吹き込むなって赤司くんに言われませんでしたか」
「余計なことやあらへんやろ。ワシはわざわざ忠告したったんやで?」
「・・・・・・・」
「まぁまぁそないな顔すんなや黒子。辛ァい思いするんと、早めに死ぬの、どっちがええかな思ただけや」
「今吉さん」


さっきよりも鋭いテツヤさんの声が、静かな廊下に響く。今吉さんは「怖い怖い」と絶対怖いとか思ってないような軽い口調で首の後ろに手をやった。

まぁ仕方のないことだ。私に"死ぬ"なんて選択肢は微塵もないし、死ぬのなんてまっぴらだし、怖い。だからどうにかして生きていかないといけないし、それがどんなに想像し難い苦痛を伴うとしても、・・・ここは、私の居場所ではないのだから。
無言で今吉さんを見る。もともと細い目をさらに細めた今吉さんは、ポケットに手を突っ込みながらまた笑った。


「口挟まんでもよかったらしいな」
「余計なお世話ってやつですね」
「えらい達者なお口しとーやん」
「それほどでも」
「褒めてるつもりはなかってんけどな」
「ありがとうございます」


まぁくれぐれも死なんよーにな。

変わらず、軽い口調で言いながら今吉さんは歩き出す。その姿はあっという間に暗闇にまぎれて見えなくなった。と、同時に力が抜けてその場に座り込む。


「楸さん」
「だ、いじょうぶ」


心配そうな表情を浮かべて背中に添えられた手に感謝しながら、立ち上がる。
今吉さんの貫禄ハンパねぇ。関わりたくねぇ・・・なんて思ってしまった私は、意外と繊細なのかもしれない。これから大丈夫なのか。
今吉さんの言葉を思い出して、身震いがした。


「・・・あの、本当にすみません」
「え?」
「お力に、なれなくて」
「大丈夫。それよりテツヤさんも軽々しくそういうこと言っちゃダメだよ。こういう組織に居る以上、同情とかはマズいんじゃない?」
「・・・・・まだ関わって少しですが、君は他の方と少し違う気がします」


テツヤさんの言葉にざわりと胸が騒いだ。他と違うのは当たり前だ。私はここの住人ではないのだから。
真っ直ぐに見つめられて思わず目を逸らす。


「僕が言えることではありませんし、赤司くんに認められた以上口出しなんてできません。けど、もう少し自分を大切にしてください」
「ありがとう、テツヤさん」


心配しなくても赤司に従うことが、生き残るための最善の策だと思ってる。
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