「聞いてほしいことがある」


小学生時代から仲の良かった友人を掴まえれば、彼女は心底面倒くさそうな顔をした。おいそれでもお前は友達か。友達なのか。なんでもいいから聞いてくれ。
秘密話をするにはもってこいな場所、すなわちトイレに引っ張って行く。「トイレってあんた馬鹿なの?」と鼻で笑われた。もうなんだっていいわ!

結局あれからまた逃げ出してしまったあたしを遙先輩たちは追っかけてこなかった。ありがたいと言えばありがたい。あたしもずっと心臓がばくばくいってて、うまく対応できる気がしなかったから。ただ、背後から聞こえた「久遠ちゃんタコみたいに顔真っ赤だったよー、ハルちゃん!」という渚の声にあいつ明日沈めてやると、何度目かもわからない誓いを立てた。

事の経緯を話せば、友人は眉を顰めながら一言。


「ていうか、もうとっくに付き合ってるんじゃなかったの?」


Why!?

▲▽▲

「なーーーーーぎーーーーーさーーーーー・・・!!!」


どうやら噂の出所は渚らしい。「七瀬遙と楸久遠は付き合っているのか否か」という質問は、どうやらどちらとも仲の良い渚のもとに来るようで。


「否定しろよ!」
「まずは外堀を埋めていかないとね!」
「何の話!?何の話してんの!?」


頭が痛くなってきた。にこにこ笑ったままの渚と、眼鏡を拭いている怜くん。
遙先輩たちと関わるようになってから、項垂れる回数が増えた気がする。デジャヴを感じながら机に突っ伏すと、渚が面白そうに笑いながらあたしの髪の毛をいじってきた。・・・それは遙先輩もよくやってくる行為だから慣れたくなくても慣れてしまってる。ダメだこれもう。


「でもさー、久遠ちゃんほんとで気づいてなかったの?ハルちゃんの好意」
「そういう好意だとは思ってなかったの」
「にぶちんだね」
「やめて言わないで。今のあたしにはもう何も言わないで」
「凛ちゃんさんと遙先輩の仲を勘違いしていたような人ですよ。鈍いどころの話じゃないかと思いますが・・・」
「怜くんって何気に酷いことさらっと言うよね!?」
「事実ですから」
「で、どうするの?」


ちょっとだけ真剣な声になった渚に、うっと体を硬直させる。
ずっと、可愛い後輩だって気に入ってくれてるのだと思ってた。でも違った。もっと早く気づけたのかもしれなかったのに、怜くんの言うとおりだ。自分がこんなに鈍いなんて思ってもみなかった。

蒼い瞳を思い出して、頬に熱が集まる。見られないように机に顔を押し付ける。


「耳真っ赤だよ?ったぁ・・・!」


渚の足を蹴っておいた。

▲▽▲

「久遠」
「ひっ」


玄関でローファーに履き替えていると、聞きなれた声に呼びかけられ思わず出会ったばかりの頃みたいな変な声が出てしまった。振り返らなくてもわかる。肩に乗ったこの大きな温かい手は、遙先輩のものだ。

なんで、今日は部活は。いつもみたいに目が見れない。心臓もばくばく早鐘打ちまくってるし、こんな態度取りたくないのに、変によそよそしくなってしまう。


「一緒に帰るぞ」
「は、はひ」


噛んだ。死にたい。
隣に並んだ遙先輩と、俯いたまま顔を上げられないあたし。はたから見たらカップルにしか見えないのかもしれない。ううううううう、何でもっと早く気づけなかったんだろう、噂はなくなったんじゃなくて、定着してただけだったのだ。

もんもん考え事をしながら歩いていると、ふいに遙先輩の大きな手があたしの手を掴んで何かを握らせた。
驚いて顔を上げれば、いつもと同じ表情の彼。握らされたのは、いちご味の飴だった。


「さっき真琴にもらったけど、お前が前好きだって言ってたから」
「え、あ・・・」
「やる」
「ありがとう、ございます」


そんな結構前のこと、覚えててくれたのか・・・
ほくほくと胸のうちに広がっていく温かい気持ち。もしかしてあたしってめちゃくちゃ単純な奴なのかもしれない。
さすがに昼間のあれは、びっくりしたけど。

ちらりと遙先輩を見上げたらばっちり目が合って、思わず慌てて逸らしてしまう。
ふいに握られた手のひらに、驚いてまた変な声を出しそうになった。


「はっ、はっ、はる、か先輩?」
「久遠がこっち見ないから」


いやいや見れないですって!!

そのまま振りほどくわけにもいかず、ロボットみたいにうまく動いてくれない手足でなんとか帰路に着いた。
もう一個心臓欲しい。
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