「どうだ?」
「さっきのと何が違うんですか」


試着室から出てきた遙先輩の真剣な顔に、だけどあたしは呆れ混じりのため息をついた。隣に座るコウちゃんも最初の方は彼らの筋肉に目を輝かせていたけれど、今では疲れきった表情で項垂れている。
この人たち一体何時間水着と向き合ってんの!?普通の女子より長くない!?
ずっしりと体重をかけてきたコウちゃんの頭をよしよしと撫でてやる。コウちゃん可愛い。
それにしても、だ。あの橘先輩まで水着の試着にノリノリだなんて予想外だ。怜くんのを買いに来ただけなのに、さすが水泳大好きっ子たち。

あたしの反応に不満げな表情を見せた遙先輩は、じゃっとカーテンを閉めて試着室に戻っていった。
あー、喉、渇いた。


「コウちゃんコウちゃん」
「んー?」
「あたし喉渇いたからジュース買ってくるわー」
「あっ、じゃあ私も行く」


先輩達には・・・伝えなくても大丈夫か、そんな迷子だなんてなるわけないし。

▲▽▲

ガシャアン!
金網に何かがぶつかる大きな音がして、あたしは思わず驚いて変な声を出してしまった。
なんだなんだ?「久遠ちゃん、」何故か焦ったようにあたしの名前を呼ぶコウちゃんの制止も聞かずに、音がした方を覗いて、あたしは再度驚いた。
・・・ええ?あれって遙先輩だよね?・・・カツアゲ!?

後ろは金網、前には柄の悪そうな赤髪の男の人。
え、え、え、待ってどうしよう、見てみぬふりなんてできない。気づけばあたしは走り出していた。

遙先輩に迫っていた男の人を、持てる力をすべて両手に乗せて押す。「、え」驚いたように目を見開いた遙先輩の前に立って、両手を広げた。


「か、か、カツアゲならあたしが相手になります!」
「・・・はぁ?」


細められた赤い瞳と口から覗く鋭い歯に一瞬怖気づきそうになりながらも、広げた両手を降ろすことはしない。あ、あ、あたしはこんな不良に屈しないもんね!!
下唇を噛んで不良さんを睨んだ。彼は虚をつかれたような顔をして、首の後ろに手を回した。


「・・・ハル、誰だこいつ」


・・・・んん?"ハル"・・・?
橘先輩が普段よぶ愛称だ。振り返って遙先輩を見上げようとすると、彼の腕がいつものようにあたしの肩に回った。
これは、もしかしなくてもあたし、とんでもない勘違いをしてるんじゃ・・・!


「鯖の女神、兼ね天使な俺の後輩だ」
「・・・・・・・・・・はぁ?」


そりゃ首傾げますわ!!
遙先輩のあまりにもな紹介の仕方にずっこけそうになる。
てか、え、この不良さん(仮)はとどのつまり・・・遙先輩の・・・知り合い?

・・・・・・・・・・・・・・・・・うん、逃げよう。走る体勢を取るも、遙先輩にがっちりホールドされていて身動きが取れない。先輩いいいいいいいいいいいいいいいいいい!


「・・・まぁ、いい。とりあえず、県大会で会おうぜ」


会おうぜ?会おうぜってもうそれ仲良しさんかよ!あれは違う意味で迫ってたの!?ほも!?ほもなの!?もしかしてき、キスでもしようとしてたところであたしが邪魔しちゃって、え、興が削がれたってもしかしてそういうこと!?ああああああああああああああああ!

恥ずかしさで死ねると思ったのはこれで何回目なんだろう。不良(仮)さんに謝る余裕なんてないまま、その人は立ち去って行った。


「久遠」
「ひっ!もうほんとごめんなさい!邪魔してごめんなさい!」


肩に回った手の力が強くなって、為す術もないあたしはひたすらに頭を下げる。
「顔を上げろ」といつもみたく頬を先輩の大きな両手が包み込んで、無理矢理昨日と同じような状態になった。・・・近い!!


「さっきの人、に!」
「?凛か」


凛って言うのか。女の子みたいな名前でかわ、じゃなく!


「誤解されますからっ!」


真っ直ぐに、蒼の瞳を見つめ返しながら叫ぶ。すると遙先輩は一瞬考えるそぶりを見せた。
さあ!早く!この手をお放しになって!

大きな手をばしばし叩く。やっと離れていったそれに体勢を立て直して距離を取り先輩に向き直った。う、う、恥ずかしさと焦りともう色んなものがごちゃまぜになって心臓が・・・!
すーはー息を整える。すると、何を思ったのかまた遙先輩の手が伸びてきて、あたしの髪の毛に触れた。


「俺は、誤解されたままでもよかったけど」


・・・つまり、凛さんを妬かせよう大作戦ですかね。
遙先輩ってば、綺麗なお顔をしておきながら実は小悪魔だったのか。
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