巡り巡って、季節は夏。遙先輩のうちで鯖をご馳走になってからというもの、すっかり水泳部との友好を深めたあたしである。その日から女神に加えて、天使という単語が遙先輩の口から飛び出るようになった。天使ってなんだ。腹を抱えて笑っていた渚は蹴っておいた。
お昼、水泳部のみんなとご一緒させてもらうことも週に二、三回あるし、廊下で会えば立ち話をしたり。最近になって連絡先を交換した先輩達とは、何気ないメールを送りあったり。
ただ、仲良くなって少し困っていることがある。それは、


「ちょっと遙先輩!暑いんですけど!」
「別にいいだろ」
「よくないから言ってんのに・・・!」


いつからだろう。忘れてしまったけど、遙先輩がやたら抱きついてくるようになった。
最初の方は橘先輩も仲裁に入って止めてくれたけど、最近ではもう諦めたのか(諦めないでほしい)微笑ましげな表情を浮かべるだけだ。これだけ抱きつかれても何も噂が立たなくなったのはいいことなのか悪いことなのか、もうあたしにはわからない。
慣れってコワイ。

体に回った逞しい腕を軽く叩いてため息をつく。遠慮されてないっていうのは仲良くなった証だから嬉しいのは嬉しいんだけど、いかんせん恥ずかしい。
友人らの"またやってる"といった感じの視線とか、上級生の橘先輩みたく微笑ましげな視線とか。むず痒くてしょうがない。
聞けば、教室での遙先輩はいたってクールで何事にも興味が薄いらしいじゃないか。一体あたしの何が先輩をこうさせるのか、いまいち・・・いや、まったく理解できない。


「そういえば久遠ちゃん」


傍で傍観していた橘先輩が、ふいに口を開いた。遙先輩はというと、やっと解放してくれたと思いきや今度はあたしの背後に回って髪の毛や耳たぶをいじってくる。なんでこう、触るのがお好きなのか・・・

本当に、慣れとは怖いもので、そんな遙先輩を放置しながら返事をした。


「はい?」
「明日、怜の水着を見に行くことになったんだけど、久遠ちゃん暇じゃない?」
「う・・・暇って言ったら暇ですけど・・・」
「来い、久遠」
「学校の外でまでこれされたら堪んないです」
「あはは・・・それもそうだね」


苦笑した橘先輩。察してくれてありがとうございます。天使っていうのはコウちゃんとか橘先輩みたいな人のことを言うんだ!

あたしの返答が不満だったのか、いきなり頬を両手で包まれたかと思えば無理矢理上を向かされて、蒼の相貌と視線がかち合う。その、あまりにも近い距離には、まだ慣れなくて不覚にも心臓が高鳴る。


「ちょっ、遙せんぱ、」
「暇なら来い」
「だっ、て!」
「断る理由なんてないだろ」


あるんだってばあああああああああああああああああ!
熱くなってきた頬に、ああ顔も赤くなってるんだろうななんてどこか冷静な頭で考える。
じっとあたしの瞳を覗き込んでいた遙先輩は、ゆるく笑って「休日も久遠に会えたら、俺は嬉しい」・・・もー断れないじゃん。ダメじゃん。詰んだじゃん。


「・・・・・・・ご一緒させていただきます・・・」


弱々しく手を上げれば、「なんかごめんね」と謝りながらも嬉しそうな橘先輩。
もう、なんかほんとかなわないわ。
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