「よっ、鯖の女神!」
「鯖の女神ー!ちょっと来てー!」
「鯖の女神って長いからサバメガでいい?」


・・・・・・そろいもそろって馬鹿にしおって。
机に突っ伏したまま聞こえてくる友人らの声を無視していると、懲りずにまた傍まで来た葉月くんもといクソヤロー渚(笑いを堪えてる様子の彼なんてもう苗字に君付けなんてしてやんない)が、「災難なのか嬉しいのかよくわかんないね!・・・っぷ、」とわざとらしく言ってきた。
災難だわ!遙先輩も真面目に言ってるだろうからますます反論できないし、逃げるように教室を出てきてしまったけど。


「でもさー久遠ちゃん、一応告白されたわけでしょ?どうするの?」
「っはぁ!?告白ぅ!?」
「ええ?告白じゃん、ハルちゃん好きって言ってたし・・・」


こてんと女子よりも可愛らしい整った顔を傾けながら、渚は持っていたポッキーをあたしの口に押し付けた。イチゴ味だ。こやつイチゴ好きなのか。甘くておいしいぞクソヤロー。

それにしても、だ。
あれを告白と取る渚はおかしいと思う。なにをどうしたら告白になるんだ、あれ。だって鯖の女神だよ?遙先輩には申し訳ないけど意味わかんないよ?なに鯖の女神って?


「だってハルちゃんがあんな、誰かにデレデレなの僕初めて見たし!」
「デレデレ・・・?」


いたって無表情だった遙先輩を思い出す。・・・どこがデレデレなんだ。どっちかっていうと傍にいた橘先輩のほうが嬉しそうな顔してたよ?
スクールバックの小さなポケットに入れたイワトビちゃん(ボンドでリボンもつけてみた)が目に入る。今日一日で色んなことがありすぎじゃないっすか・・・もうあたしの思考は限界デス。
早く家に帰りたいデス。


「・・・っはあぁあ〜・・・!」


再度机に突っ伏したあたしに、怜くんが「大丈夫ですか?」と声を掛けてくれる。どう見たって大丈夫じゃないでしょ察しろ。
半ば八つ当たり気味に彼の足を軽く蹴れば、「なにするんですか!」と怒られてしまった。


「そうだ久遠ちゃん!」
「やだ」
「まだ何も言ってないのに〜!」
「渚の言うことに従ってたらたいってい変なことになるって学んだから絶対やだ」
「・・・久遠ちゃんって僕のこと渚って呼んでたっけ?」
「渚なんか君付けしてやる必要ないって判断したまでのことですーだ」
「そうなの?でもなんか嬉しいからいーやっ」
「・・・・・・・・・だめだこいつ超ポジティブだ・・・」
「名前で呼ばれるのって距離が縮まったみたいで嬉しいじゃん?ねぇ怜ちゃん」
「僕は最初から名前で呼ばれてましたけどね」


何故か得意げな怜くんに、ダメだこいつらどっかズレてると諦めて頬杖をついた。
水泳部ってズレた人ばっかなのか?にこにこ笑顔を絶やさなかった橘先輩だけは正常であってほしいな・・・

顔を上げたあたしを覗き込むようにしながら、渚がまたいらんことを提案してきた。


「放課後、僕達の部活見に来ない?最近は温かくなってきたから泳ぎの練習してるんだ!ハルちゃんの泳ぎを見たら、久遠ちゃんもびっくりすると思うよ!」
「ええー・・・今日はもう早く帰りた、」
「決まり!じゃあ放課後楽しみにしてるからね!」


人の話聞けよ。

イラついてまた怜くんの足を蹴れば、堪忍袋の緒が切れたのか軽く叩き返された。

▲▽▲

気が重いなぁ・・・
先に教室を出てしまった渚と怜くん。「絶対来てよー?」と最後の最後まで念を押してきた渚のせいで帰ろうにも帰れない。
ため息を吐き出して外を見れば、陸上部の生徒が懸命に走っているのが見えた。
おうおう、精が出るねぇ。帰宅部のあたしには到底こなすことができないメニューなんだろうな。
そんなことを思いながら、約束(と呼べるのかはわからないけど)を破るわけにもいかないから屋外プールへと向かって重い足を動かす。

とは言っても、渚が来てって言ってただけで許可とかはもらってないからなぁ。
フェンス越しにちらっと覗いたら帰ろう。


「っどっ・・・こいせ・・・!」


我ながら女子高生らしくない掛け声だと思いながら中の様子を見ようと背伸びすると、同時に水しぶきが顔面めがけて飛んできた。・・・なんて日だ。
言葉すら出ない。オレンジの頭が飛び込んだのはかろうじて見えたから、きっとこれは渚が飛び込んだ時の水しぶきだ。あいつ明日覚えてろよ。
スクールバックを地面に置いてポケットからハンカチを取り出す。・・・そうだ、イチゴオレ拭って洗ったから濡れたまんまなんだ・・・


「久遠」
「ひぃぃいえあ!?」


厄日だとハンカチをスクールバックに向けて思いっきり投げようと手を振り上げた時、頭上からした聞き覚えのある声に驚いて女子らしからぬ悲鳴が出た。デジャヴ・・・!


「は、はは遙先輩」
「そんなとこで何してる?・・・濡れてる」
「あ、や、渚の馬鹿が飛び込んだ時の水がちょうど・・・」
「・・・来い」


こっちだ、とフェンス越しに指を指す遙先輩に従って歩くと、どうやら更衣室らしいところに辿り着いた。
がちゃ、とドアを開けて出てきた遙先輩は、大きなタオルを手に持っている。ううう、申し訳ない。自分のドジさ呪うぞクソ。
ありがとうございます、と受け取ろうとしたら、あたしの手は空をきった。っん?


「じっとしてろ」
「っえ」


ふわ、と頭に柔らかいそれが乗る。と、同時にごしごしと髪の毛を拭き始めた遙先輩。
ええええええええええええええええええええ、ちょっと待ってなにこれなにこれ。
今気付いたけど(遅い)遙先輩部活してたから上半身裸だし、ていうか程よくついた筋肉が目の前にあってあああああもうううううなにこれ恥ずかしさで死ねる。
春斗以外の裸なんてあまり直に見たことがないあたしには近すぎる距離だ。
つん、と消毒の匂いが鼻腔を掠めた。


「あー!久遠ちゃん!来てたなら言ってくれればよかったのに!」


ざばざばとプールから上がった渚が駆けてくるのが見えて半歩後ずさる。
「動いたら拭けないだろ」遙先輩に手首を持って引き寄せられ、っていうかさっきより近くないですか!?


「で、なんでハルちゃんは久遠ちゃん拭いてあげてるの?」
「お、お、お前のせいじゃボケェ!」
「ええ?なにがなんだかわかんないんだけど」


タオルの隙間から見えた渚のしてやったりな表情。こいつ絶対明日沈めてやると誓った。


「・・・タオルだけじゃ乾かないな」
「久遠ちゃん最後まで見てくでしょ?じゃあそのままだと風邪引いちゃうよね」
「いやもう邪魔になるだろうしかえ、」
「待ってろ、上着持ってくる」
「いや迷惑かけるわけには、」
「俺が好きでしてるから気にするな。待ってろ」
「・・・・・・・すみません」


また更衣室に消えていった遙先輩を尻目に、渚を思いっきり蹴っておいた。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -