背後からものすごい視線を感じる。いつも通る通学路、いつもの時間に起きていつもの時間に家を出た。いつもなら何も感じない道なのに、ものっすごい視線を感じる。
少し歩くペースを速めれば、それに合わせて後ろの人もペースを上げた。これってもしかしなくてもストーカー・・・!?こんな田舎でもそんなことってあるの!?
うう、こんなことならまたまだ寝てるであろう弟を叩き起こして一緒に通学するべきだった(ちなみに弟はきっと今頃目覚めて焦ってるに違いない)。
そうだ、いざとなれば誰かの家に逃げ込もう。冷静になった頭であたりを見渡すと、


「(詰んだ)」


田んぼばかりが目前に広がる。横も田んぼ、そして反対側は海。詰んだ。人生詰んだ。
こんなことならもっと自分の好きなことばっかりしてすごしとけばよかった・・・!
ストーカーさんお願いです、どうかお手柔らかに、


「おい」
「ひいいいいいっ!?」
「!?」


ぐわしっと肩を掴まれ、何かされる覚悟を決めきれていなかったあたしはスクールバックを思いっきり振りかぶってしまった。あ、やばい。
もうこれマジで人生終わったじゃん、逆ギレされてあんなことやこんなことされるパターンじゃん。こんな田舎が泥臭い記事で新聞に載るなんてそんなことなったらほんともう・・・!

とか色々考えてるうちに、何もされていないことに気がついた。あれ?生きてる?
恐る恐る顔を上げてみると、そこには腹を抑えてうずくまる見知った人の姿。


「なっ、ななな七瀬先輩!?」
「・・・っ・・・、」


もしかしなくてもあたしが今さっき殴っちゃったのって先輩だったり・・・!やらかしたぁ!!

慌てて駆け寄って同じようにしゃがみ、「ごめんなさい!大丈夫ですか!?」とおろおろ手をさ迷わせる。
しばらく腹の痛さに悶えていた七瀬先輩は、ふいに顔を上げた。その端正なお顔がいきなり間近に迫るのだから、あたしも驚いて少しのけぞってしまう。


「だい、じょうぶだ」


そう言って、先輩はふいと顔を逸らす。うわぁ、やっぱり改めてみるとすごい整った顔してるなぁ。なんて、邪な事を思いながら「本当にすみません」と頭を下げた。
やっぱりこんな田舎じゃストーカーなんてそんな物騒な人はそうそういないか。とんだ思い上がりだ。なんという恥ずかしい間違いを、しかも相手は七瀬先輩。
この思い違いは墓場まで持っていこう。

・・・それにしても、じゃああの視線は先輩だったってことか・・・?

立ち上がった彼をじっと見つめる。
するとあたしの視線に気付いたのか、先輩はその深い蒼の瞳をこっちに向けた。どことなく照れている気がするのは気のせいか。


「・・・昨日、」
「え?昨日?」


突然喋りだした七瀬先輩はあたしを見たまま、すっと手を差し出してきた。
握手?同じように手を差し出してみたあたしのそれに、何かがころんと落ちてくる。・・・これは・・・


「鯖の礼だ」
「・・・・・・・これって・・・」
「イワトビちゃんだ。水泳部に入る特典としてしか配ってないけど、やる」
「はあ・・・」


何を考えているのかわからなそうな、イワトビちゃんの瞳から目を上げると、少し得意げな七瀬先輩がいた。いや、なんだこれ。鯖のお礼ってとこまでは理解できたんだけど・・・なんだこれ。
いつぞや、葉月くんが勧誘でチラつかせてきたなぁ、なんてことを思い出した。普通に断ったけど、まさかこんな形で貰うことになるとは。
人生って何が起こるかわからないもんだなぁ。


「でも、悪いです、鯖はまぁ・・・あれですけど、さっき鞄ぶつけちゃったし」
「いや」
「・・・本当にもう大丈夫ですか?」
「ああ」


言葉の少ない人だなぁ。
あ、普段は七瀬先輩の変わりに橘先輩が喋ってるから大丈夫なのか。・・・大丈夫なのか?
少し気まずい。ここに橘先輩が居たら、まだマシだったかもしれない。
「あ、じゃあ・・・」と会釈すると、少し驚いたように目を見開いた彼。え、ん?あたし何かしたか?首を傾げる。
すると先輩は何を思ったのか、あたしの手首を持って歩き出した。・・・んええ?


「え、あの・・・七瀬先輩?」
「なんだ」
「なんだって、ええ?」
「行くぞ」
「ど、どこにですか?」
「学校に決まってるだろ」


そんな、当然だみたいな顔で言われても!

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