母に鯖のタイムセールへと借り出されたあたしと弟は、それぞれがごくりと喉を鳴らした。
タイムセールが行われる場では、目をぎらぎらさせた主婦層の人たちがまだかまだかと指を鳴らしている。なにこれ怖い。お母さん絶対自分で行ったほうが勝率あったでしょ。
隣にいる弟を見れば、恐怖の所為か膝が笑っている。男がそんなでどうすんの!と背中を叩けば「いやいや姉ちゃんこれまじでやばいよ」と涙目になっていた。
それでもあたしたちは進むしかないんだ・・・!この鯖争奪戦よりも、手ぶらで帰った時のお母さんのほうが何百倍も怖いのだから。


「あと何分?」
「えっと・・・一分、・・・」
「よし・・・いくよ春斗はると!」
「お、おう・・・!」


腕まくりをしてゴングが鳴るのを待つ。全神経を鯖に集中させる!!
次の瞬間、もみくちゃに流されていく春斗を尻目にあたしは懸命に手を伸ばした。

▲▽▲

疲れた・・・
なんとか一人三匹までという上限つきのタイムセールでぎりぎり三匹獲得して支払いを済ませた。のはいいものの、・・・


「・・・・・・・・コワイコワイコワイコワイ・・・」


口から今にも魂が抜け出そうな春斗を振り返ってため息をつく。
ゴングが鳴ったと同時におばさま方に押されまくった弟は、満身創痍。そして瀕死の状態だった。中三にもなって情けないばかりである。


「ちょっと、家まであと少しなんだからちゃんと歩かないと危ないじゃん」
「・・・ねーちゃんあんな中によく入れたよな・・・」
「うちのお母さんのほうが怖いもん」
「それは・・・まぁ・・・」


もごもごと尻すぼみながら言葉が出ない春斗。どうやらトラウマになったらしい。まぁ三匹は手に入れたんだからよしとしよう。
弟の手首を掴んで早歩きで家まで帰ろうとした時、近所から「ハル!」と困ったような声が聞こえて視線を巡らす。ハルって、春斗のことじゃないよね。
そう思い弟を見るけど、いつまで引きずっているのかその声は聞こえていないみたいだった。呪文のように「コワイ」を繰り返している。なんか可哀想になってきた。

ばっといきなり角から現れたそれなりに背の高い男の人にぶつかりそうになって、あわてて立ち止まる。その人はあたし達に気づいていないみたいだ。危ないなぁ。


「ハルってば!もう間に合わなっわっ!?」
「わっ」
「ご、ごめんね!怪我はない?」
「あ、大丈夫です」


あ、どっかで見たことあると思ったら、ご近所さんの橘先輩と七瀬先輩だ。
そんなに直接関わったことはないけど、イケメンと学校でも人気の二人。確か同じクラスの葉月くんが彼らに懐きまくってたイメージ。
「ほんとにごめんね!」と二度謝った橘先輩は、七瀬先輩に追いついて言った。


「タイムセールはもう終わってるんだって!」


・・・んん?タイムセール・・・?
春斗が持つレジ袋に目を移す。そこには新鮮な鯖が三匹、入っている。


「まだ希望はある」
「どんだけ鯖が好きなんだよ〜・・・!」


いや・・・うん、会話から察するに、これのタイムセールに今から行こうと、してる・・・?
それはさすがにアレだ、無駄足ってやつだ。だってもうやばかったもん、タイムセールが終わった後のあの静けさというかなんというか・・・これは教えてあげたほうがいいよね。


「あの・・・もう鯖売り切れちゃいましたよ」
「っ!?」


バッと勢い良く振り返った七瀬先輩。その表情はどこかしら悲しげだ。視線は春斗が持つ鯖に注がれている。うわ、なんか罪悪感。
トラウマからやっと這い出てきた春斗が、今の状況に追いついてないのか「ねーちゃん?」と小さく首を傾げた。うんごめん、あたしもあんまり理解できてない。
てかなんで鯖ごときにあんな命掛けた感じなの、鯖ないと死ぬの?


「もー、ハル、あんまり人のもの見ちゃだめだよ。ごめんね」
「いや、大丈夫です・・・というか鯖、一匹いりますか?」


あまりの(鯖への)熱視線に思わず提案すれば、我に返った弟が「何言ってんの!?」と怒ったお母さんを思い出したのか青ざめた表情で悲痛な声を上げた。
いやでも弟よ、見てみなよあの喜んだ顔。死んだような顔だったのに回りに花飛んでるよ・・・あれはお母さんより何倍も鯖に命かけてるよ・・・。


「ええっ!?そんな、悪いよ!ハルもその気にならない!」
「でも、あいつがいいって」
「そんな親しくもないのに遠慮するべきなんだよ!」
「・・・・・・・」


ああっ・・・超落ち込んでる!

無理矢理弟の手からレジ袋を奪って、鯖を一匹取り出して、「袋なくてごめんなさい」とそれを彼に押し付けた。
だってあんな顔されたらさ、もうさ、後味悪いっていうか・・・お母さんに怒られるのはまぁ避けられない運命だけども、いいやって。なるよね、うん。


「行くよ春斗!」
「オレも一緒に怒られんだけど・・・もう最悪・・・」
「困ってる人がいたら助けなさいってお母さんのお言葉を忘れたの!いい事したじゃんお咎めなしだよそう信じとこう!」
「厄日だ・・・!」
「だまらっしゃい!」


ぽかーんと口を開けたままの橘先輩に軽く会釈して、家に続く階段を駆け上がった。


「・・・・・・・・・・・・・女神?」
「え?」


取り残された二人の会話なんて、その時のあたしに聞こえるはずもなく。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -