息を乱した凛に腕を引かれるまま走って、たどり着いたのは昔よく遊んだ海岸だった。
思いつめたような横顔に、心臓がじくじくと痛む。
凛。
名前も呼ぶことができない。
伝えないと、いけないのに。たとえ叶わなくても、伝えるって、そう決めたのに。
下唇を噛む。
臆病の癖に嫉妬ばかりするわたしの背中を押してくれた凛のことを思い出した。
『オレは、お前のその感情、間違ってないと思う』
ずっと昔の言葉なのに、ずっと胸に残ってる。
そしてもう一度。状況は違うけどわたしの背中を押してくれてる、そんな気がした。
「っ凛」
風に髪の毛を煽られながら、凛がわたしのほうを向く。
何故か泣きそうなその表情に息を呑んで、でも、ちゃんと凛を見て。
「・・・・・・すき」
眉根を寄せた凛は段々とその言葉の意味を理解したのか、目を見開いていく。
屈託なく笑う凛が好きだった。きっと、最初から。
変わってしまっても、ずっと好きなのは変わらなかった。だって、凛だから。
いつだって優しくて、わたしと同じで不器用な凛が、好き。
視界が滲む。
しばらく黙っていた凛が、ふいに掴んでいた手を引き寄せる。
後頭部と腰ににまわされた大きな手。この感触は前も体験した。とても温かくて、大好きな、落ち着く香り。
「なんで、先に言うんだよ・・・!」
大好きな声。
恐る恐る凛の服を握れば、ますます力強く抱きしめられる。
凛からの返事はないけど、すべてわかったような気がした。
凛も、わたしと同じ気持ちでいてくれてるんだ。
そのことがただ、嬉しくて。
「りん、凛、」
無意味に名前を呼ぶ。
言葉はない。その代わりわたしの頭を優しく叩いて、凛はしばらくわたしを抱きしめてくれた。
「好きだ、久遠」
もう泣かせないから、俺と。
■□■■
「あーあ、凛のものになっちゃったね」
泣きじゃくる久遠を遠くで見つめながら、隣で真琴が苦笑する。
久遠はものじゃない、そう言おうと思ったけどやめた。俺も真琴と同じように寂しそうな顔をしているのかもしれない。自分で自分を見れないから、厄介だ。
「帰るぞ、真琴」
「うん」
眉尻を下げて笑う真琴は、一度だけ二人を振り返って俺の隣に並んだ。
大切なものが手の中から零れ落ちていってしまった感覚は消えないけど、凛なら。
俺の好きな二人が、幸せなら、いい。
今久遠が流している涙はきっと、嬉しさからくるものだから。
でも今後、久遠を泣かしたりなんかするなよ。
ちらりと二人を振り返る。
「やっぱりハルも寂しいんだ」笑いを含んだ真琴を睨んで、帰路についた。