息を乱した郁弥を前に、久遠は呆然と目を見開いた。
部活帰りなのか、まだ少し湿っている髪の毛は、この肌寒い季節見るだけで自分も寒さを感じてしまう。
膝に手をつき、しばらく屈んで荒い息を繰り返していた郁弥は、ふいに顔を上げて半ば睨みつけるように久遠を見た。
その視線の鋭さに、何故かこみあげるものがある。久遠は必死になって抑え込んだ。ともすれば、涙が、こぼれてしまいそうだった。

まだ成長しきっていない郁弥の細い手が伸びてくる。
応じるように手を伸ばせば、見た目からは想像できない力で引き寄せられた。
感じる、温かな鼓動。久遠は郁弥の服を、力いっぱい握り締めた。


「勝手に僕の中に入ってきたくせに、勝手に居なくなるなんて許さない」
「ごめん」
「やだ。いやだ・・・!」
「ごめん、郁弥くん、ごめんね、っ好きだよ・・・」


言ってからはっとする。
そうだ。彼だからこそ話しかけた。きっと、あのバスで郁弥を見たときから、ずっと。

ずっと、好きだった。

自分の気持ちを認めた途端、いとおしさと、寂しさと、いろんなものが入り混じって、涙となって頬を伝う。
郁弥の額が、肩に押し付けられた。湿っていく、彼も、泣いている。
久遠のために、泣いている。


「郁弥くん、あたし、ずっと寂しかったけど、郁弥くんのおかげで」
「うるさい」


ばっと体を離した郁弥が、手のひらで久遠の口を塞ぐ。
互いの瞳は濡れていた。夕焼けを反射して、オレンジに光る。綺麗だと、そう思った。


「最初から最後まで勝手な奴。久遠なんか、だいきらいだ・・・!」


―――こんな感情、知らない


「僕のこと、忘れるな。絶対に、忘れるな!」


―――どうしようもなく、抱きしめたくて、どうしようもなく、いとおしい


「・・・僕も、忘れないから・・・っ、」


何か特別な関係になったわけじゃない。
何か特別なコトをしたわけじゃない。
でも、いとおしい人。きっと、これからさきもずっと、忘れられない人。

久遠の冷たい両手が、郁弥の頬を包み込む。
いつかの日に見せた嬉しそうな笑みを覗かせて、ゆっくりと瞳を閉じた彼女は、その唇を郁弥のそれにくっつけた。


「っ・・・!」


真っ赤になった郁弥を見て、久遠はまた笑った。
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