"お父さんの転勤に合わせて、引越しすることになったの"
隣の席に、久遠の姿はない。
彼女のロッカーからも、日に日に荷物がなくなっていた。それに比例して、自分自身、ぼーっとする時が増えてしまったように思う。
なんとなく郁弥は理解していた。久遠といた時間は短かったけれど、それでも自分の心にはいつの間にか彼女がいるのだ。
もう、知らないふりなんて、できない。
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もともと必要最低限のものしか置いていない自分の部屋の整理は、あらかた終わった。
無意識に小さなため息を吐いて、久遠は窓の外を眺める。
父の仕事の都合でこの町を離れることになるのは、前々から決まっていたことだった。そこに、母がついてこないことになっただけだ。
いつの日からか、家族の間に会話はなくなっていった。必死に場をつなげようとするのももう疲れた。
家族なのに気を遣わないといけない現状が、どうしようもなくいやだった。諦める癖もついた。もとから病弱なのもあり、自分に自信なんて持てなかった。
一人でいいと。
でも、引越しまで一ヶ月をきったとき、ふいにやるせない気持ちになったのだ。
クラスの人と関わってこなかったのは自分自身の問題だ。けど、・・・けど。
このまま誰の記憶にも存在せず、居なくなるのが嫌になった。寂しい、寂しいと心が泣いているのを、気づかないふりができなかった。
―――あたしは、ここにいる。ねぇ、誰か見つけて、
気づかないうちに頬に流れていた涙。
自分でも驚いて手に落ちたそれを見る。
「・・・・・郁弥くん、」
無意識に、名を告いだ。