ドアをノックすれば、かすれた声が返ってきた。
ため息をついて手に下げたコンビニ袋を見る。

昨日、真琴から連絡があった。
"珍しく電話してきたから、たぶん風邪引いてると思うんだ"・・・どんだけ親馬鹿だよと思いながら、しかし真琴の予想通り風邪で学校を休んでいたのだから驚きだ。
傍にはハルも居た。
電話越しでもわかるような、静かながらも心配の色を混ぜた声音だった。ハルをあそこまで表情豊かにできるのは、後にも先にも久遠だけだと思う。


「入るぞ」


なるべく静かにドアを開けて、中に入る。
必要最低限の物しか置かれていない部屋。久遠一人しか居ないというのもあり、余計寂しく感じた。
・・・隣が俺の部屋とは言え、きっと、寂しいだろうな。

布団にくるまり、熱冷ましのシートを額に貼り付けた久遠が、驚いたような顔で俺を見上げる。
いつもと違う弱々しい姿は、俺を不安にさせた。

手櫛で前髪を整える久遠を尻目に、コンビニ袋からスポドリと、こいつの好物のプリンを取り出す。
若干瞳を輝かせる久遠を見て、ハルや真琴があんなにも過保護になる理由が少しだけ分かったような気がした。


「・・・プリン」
「冷蔵庫入れとくぞ。これちゃんと定期的に飲め」
「うん」
「・・・・・大丈夫か?」
「・・・うん。季節の変わり目はいっつもこうだか、っ、」
「っおい・・・!」


いきなり咳き込んだ久遠は、苦しそうに眉根を寄せる。
思わず駆け寄って頭を撫でれば、やがて落ち着きを取り戻し弱々しく「ごめん・・・」と一言。らしくねぇ。

移ったら駄目だからと、壁側を向いてしまった久遠が、小さな声でぽつりと呟く。


「・・・部活、行きたかった。部長と一緒に部活できるの、あとちょっとなのに」
「・・・へぇ」


曖昧に返事しながら、なんとなく帰りづらくなった俺はベッドサイドに腰掛けた。
そうやって、部長の話をされると無性にイライラしてしまう理由はもうとっくにわかってる。

壁を向いたままの久遠は、心なしか、泣いているように見えた。


「久遠」
「・・・?」
「こっち向け。風邪なんて俺には移らねーから」
「・・・いやだ」
「なんでだよ」
「理由は、言いたく、ない」


もぞもぞ、布団の中に潜ってしまった久遠に思わずため息が漏れる。
手を伸ばして布団越しになるべく優しく肩を叩けば、「子どもあつかいしないで」くぐもった声が聞こえた。

寂しいなら、寂しいって、そう言えばいいのに。
それが言えない奴だってことも理解してるつもりだけど、頼られないのはそれはそれで俺が、嫌だ。


「ハルや真琴から聞いた」
「え、」
「お前が風邪引いてるだろうから、よろしく頼むって。だから、お前が寝るまでここに居る」


ただの口実だ。
汚ねぇ奴、自嘲しながら布団からはみ出ている髪の毛を梳いていると、いきなりこっちを振り返った久遠の濡れた瞳と目が合う。

細い腕が伸びてきて、俺の手首を掴んだ。
動揺で何も出来ずにいると、ふっと目元を和ませて、久遠は言った。


「手、握っててほしい」
「・・・は・・・」
「凛がいると、安心する・・・」
「・・・・・・」


こいつ狙ってやってんのか。
結局何も言えないまま、すうっと瞳を閉じていった久遠を見つめる。
言われたとおりに包むように手を握れば、久遠はほんのりと口角を上げて、聞こえるか聞こえないかくらいの声で「ありがと、」と、呟いた。

しばらくして、聞こえてきた寝息。
・・・そんな安心しきった顔されたら、何もできねーだろ。
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