「あたしと郁弥くんは付き合ってなんかない」


真琴と話していた郁弥は、冷たい声が聞こえて視線を右隣に向けた。
久遠にしては随分と大きな声だったから、驚く。そして、女子に囲まれていた理由を即座に理解した。
思わず席を立って取り囲まれた彼女の机のほうを見れば、目が合った久遠は何故か申し訳なさそうな顔をした。

そうなの?とたじろぐ女子に視線を戻した久遠が、「そういう誤解は郁弥くんにも失礼だし、こういう時だけ面白そうな顔してあたしに近づかないでほしい」と冷たく言い放った。
数秒の沈黙の後、彼女を取り囲んでいた女子は戸惑いを隠せないまま散り散りになっていく。
傍にいた真琴が、「久遠ちゃん・・・」と、心配そうな顔で彼女を見ていた。
いつの間に、名前で呼ぶようになったのか。そんなことを気にしてしまう。

振り返った久遠とまた目が合った。


「ごめん」
「・・・なんで謝るんだ?」
「昨日一緒に帰ってたの誰かに見られてたみたいで、誤解生んだから」
「別に、気にしない。お前、・・・久遠も、気にするなよ」
「、うん」


初めて名前を呼んだ。久遠。
呼ばれた本人も少し驚いた顔をして、しばらく郁弥から目を離さなかった。気恥ずかしくなって、ごまかすように真琴に話しかける。
真琴は何故か嬉しそうに「二人って仲良くなったんだね」と笑っていた。

仲良く、なった。

―――・・・その響きには、何か違和感を感じる

郁弥は眉を寄せ、「別に」そっけなく答えた。


「でも久遠ちゃん、さっきの言い方はちょっと・・・事実なんだろうけどさ、今後久遠ちゃんが辛い目にあったりするかもしれないよ?」


さすがおせっかい真琴である。
同意できる部分もあるが、真琴も言ったとおり事実なのだから別にいいのではないだろうか、と郁弥は久遠と似たような思考を持っていた。


「心配してくれてありがとう、橘くん。でも、いいんだ」


―――ほら、また自分を大切にしない

自嘲気味に笑った久遠に、郁弥は鋭い視線を向ける。
言わんとしていることが分かったのか、彼女はそれでも表情を変えないまま呟いた。

それは、郁弥の思考を停止させるには十分な言葉だった。


「あたし、もうすぐ居なくなるから」
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