「久遠」


低い、聞きなれた声が聞こえて振り返る。
本を読みながら弁当を食べていたから、まだ半分もおかずが残っていた。それを目にした凛は、「遅ェんだよ・・・」と呆れた風な物言いで近くの空いている席に座った。

昼休憩。
特別仲のいい友達というのも居ないわたしは、いつもひとりでお弁当を食べる。
いじめられているとか、そういうんじゃないし、たまに部活の人が近くに来て一緒に食べたりもする。
ただ女子の馴れ合いというか、なんというか、あのキャピキャピしたノリが好きになれないのだ。無理にあわせるくらいならひとりでいたほうがマシというもの。
小学生のときから遙や真琴にべったりだったわたしは、そういう面でなにかと心配されがちだったけれど、こういう性分なのだから仕方ない。

突然我がクラスに訪れた凛に、少しざわめく教室。
それもそのはず、水泳の強豪校として知られるこの学校のエースであり、ついでに顔も整っているのだから。
女子の黄色い悲鳴に耳を傾けることなく、凛は素手でわたしの弁当から卵焼きをかっさらっていく。


「・・・ちょっと」
「待ち合わせ時間に遅れた罰な」
「待ち合わせって・・・時間とか決めた覚えないんだけど」
「それでも休憩が終わる十五分前とかには来とけよ」


仕方ないでしょ、前の時間が体育でお弁当食べるの遅れたんだから、なんて謝りもせずに言うわたしは本当に可愛げのない女だと思う。
謝ったら謝ったで気持ち悪がられそうだからこれでいいのだけれど、素直じゃない自分が時々嫌になったりする。

凛は机の横にかかっている裁縫セットを取り出してまだ途中のお守りに針を通していく。
―――そう、凛がこのクラスに訪れた理由はこれだ。
部活がある時は二人とも疲れてすぐに寝てしまうから、学校の休憩時間とかで制作していかないといけなくなる。
大好物のからあげをつまみながらその一連の動作を眺める。
さすが、手馴れているだけあって上手いなぁ。
汚い縫い目と、綺麗な縫い目。部長のことだからきっと気にしないんだろうけど、もう凛一人に任せたほうがいい気さえしてくる。


「・・・今余計なこと考えただろお前」
「、は?」
「俺一人に任せたほうがいいんじゃねーか的なこと」
「・・・・・いや、」
「あのな。お前、分かりやすいんだよ」


これは二人で作るんだからな、と念を押すように言われ、小さく頷く。

発案者はわたしと言えど、凛一人で作るほうが絶対に綺麗にできるし時間もかからないはずなのだ。
それをわざわざこうして教室を訪れてまで一緒に作ろうとしてくれる、そしてわたしが考えてることにいち早く気づいて、ネガティブに走りそうな時は止めてくれる。


「凛」
「あ?っむ、・・・!」
「あげる。お母さんが作ったのだからおいしいよ」


大好物のからあげを半ば無理矢理凛の口に押し付けた。
一瞬驚いた顔をして、凛はそのままそれを咀嚼した。妙に色っぽい喉仏が上下する。
他の男子でもあるものなのに、凛のそれはなんでこんなにも色っぽく映るのか。


「あのなぁ・・・いきなり押し付けられたら困んだよ馬鹿。それに・・・、」
「? それに?」
「・・・・・いや、なんでもねぇ」


凛の、標準より少し長い髪の毛がさらりと耳にかかった。
心なしか、頬が赤く染まっている気がする。それにつっこんだらいけない気がして、わたしは凛の手元にある未完成のお守りに視線を移した。
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