楽とは決して言えない、ハードな練習を終えた体はクタクタだ。
郁弥は鞄を背負いなおしながら普通よりもゆっくりなペースで歩いていた。
水の中では陸に居るよりも抵抗が大きいため、体に大きな負担がかかる。一時は思うようにいかなくて人に当たったり、水泳が嫌いになってしまったりしたことがあったが、遙や真琴、旭と本当の仲間になれた今では口に出しては言わないが毎日のつらい練習でも耐え抜くことができる。
仲間あってこその自分だと、今ならはっきりと言える。・・・言ってなんか、やらないけど。

ふと視線を土手の下に向けると、見たことがあるようなないような後姿。
同じ制服だから、きっと岩鳶中学校の生徒だろう。セミロングの髪を下ろしたその細い後姿は、隣の席の久遠を思い出させた。

―――っまた、・・・

最近なにかとあるたびに、久遠のことを思い出してしまう。
里美や夏也と一緒に居るときとは明らかに違う。久遠と居ると変に緊張するし元から喋るほうではないにしろそれがもっと喋れなくなる。
彼女が笑えば胸の奥あたりが縮まったような、変な感覚がする。
ひとりで居るところを見れば何故か切なくなる。

気づけば郁弥は足を止め、土手の下で座り込む女子生徒の後姿をじっと見つめていた。


「・・・・、」


ふ、とその生徒が振り返る。
瞬間、郁弥の心臓は大きく波打った。久遠だ。

何も言えないまま目を見開いていれば、久遠も驚いているのか郁弥と同じような表情をして固まっている。
最近はずっと、彼女を驚かせてばかりだ。

癖なのか、先日と同じように前髪を触った久遠は小さな声で郁弥の名を呼んだ。
本当に小さなものだったけれど、郁弥にははっきりと聞こえた。
そして気づく。泣いていたのだろうか、その声は風邪を引いた時のしゃがれた声とはまた違う、確かに、震えていた。

無意識に一歩踏み出す。
少し縮まった距離に、久遠は自分の顔を隠すようにして膝に顔をうずめた。


「・・・あんまり、見て欲しくない」


あまり表情の変わらない久遠が発するいつもの声に戻っていた。
否定的な言葉に、郁弥は動かそうとしていた足を止める。

―――そうだ、何をしてるんだぼくは

大して仲良くもない。
隣の席で、挨拶を交わす程度の仲。仲、と呼べるのすらもわからない。

じゃあ、何故。
見て見ぬふりだってできたのに、足を止めてしまったのだろう。

―――自分のことなのに、わからない・・・

もやもやと霧がかかったかのような胸中に、郁弥は胸を押さえた。
わからない。彼女が、わからない。彼女のことを考えてしまう自分のことも、わからない。
わからない何かに苛々してしまうのなんて、嫌だ。

止めていた足を動かす。
傍によって同じようにしゃがみこめば、驚いたような顔で久遠は郁弥の目を見つめた。

―――もう逸らしてなんかやらない

じっと見返す。
途端、濡れだした久遠の瞳に、郁弥は黙って自身の手を彼女の頭に乗せた。
なんでこんなことしてるんだろうとか、仲良くなんてないのにとか、撫でている手を止めないまま考える。
自分でも戸惑いを隠せない。けど、郁弥が撫でるたびにはらはらと涙をこぼす久遠の傍に、居てあげないといけない。傍に居たいと思った。


「・・・郁弥くん」
「、なに」
「お母さんとお父さんが、離婚するんだって」
「・・・そう」
「うん」


"いつもつまんなそうにしてたよ"

真琴の言葉が脳裏をかすめた。
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