「おはよう」


昨日と同じ声がして、郁弥は机の中を整理していた手を止め振り向く。
笑みを浮かべるでも、不機嫌そうに眉をしかめるでもなく、久遠がそこに立っていた。
返事をしない郁弥に昨日と同じく何を言うでもなく、彼女は隣の席に座った。

・・・早くも、席替えがしたい。
こんなよくわからない奴の隣なんて、やっていける自信がなかった。
挨拶をするのが普通の事だと言うなら郁弥は普通ではないのだろう。コミュニケーションは得意なほうではない。むしろ不得意である。
不得意なのは遙も同じだが、彼の傍にはいつでも保護者がついているから郁弥とはまた違う。

静かに本を読み始めた久遠に、郁弥は止まっていた手を動かし、机の整理を再開した。
・・・なんだってんだ、と昨日と同じようなことを思いながら。

しばらくして真琴が教室に顔を出した。頼んでもいないのに、彼はいつも真っ先に郁弥の席まで駆けてくる。そしてわざわざ、「おはよう郁弥くん」とたれ目がちな目を細めて笑うのだ。


「・・・はよ」


久遠には返さなかったのに、真琴には返すのか。
そう思われてはいないだろうかと郁弥はそっと彼女に視線を向け、後悔した。本を読んでいた久遠の視線は、しっかり郁弥を捕らえていた。


「楸さんも、おはよう!席、後ろでよかったね」
「おはよう橘くん。後ろで良いことなんて居眠りできること以外ないよ」
「それができたら十分だと思うなぁ。ね、郁弥くん!」
「ぼくは居眠りなんてしない」
「郁弥くん真面目だもんね」


ふふ、と笑って、真琴はクラスメイトの呼ばれ「じゃあ、」と席を離れて行ってしまった。
言いようのない気まずさを感じて前に向き直る。
故意に無視したわけではない。どうすればいいのか戸惑っただけだ。
それを伝える術も、郁弥は持っていなかった。

まだ視線を感じる。
もうなんだか、本当に早く席替えがしたい。こんな切実に願ったことは未だかつてなかったのに。


「桐嶋くん」


高くないのに、鈴みたいな声。
返事の変わりに視線を向けると、薄く笑った久遠が小さく首をかしげながら言った。

初めて見る無表情以外のそれに、何故だか心臓が大きく波打つ。


「郁弥くんって呼んでもいい?」
「・・・・・、」


小さく頷いた郁弥に、久遠は笑みこそ引っ込んでしまったが満足げな顔で本に視線を戻した。

次の日から一週間、久遠は学校を休んだ。
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