会いたい、という電話での一言。
そもそも私が電話に出る確率なんて私のほかに三人家族がいるから四分の一なのに、はいもしもしを言い切らない内に告げられた言葉。
ああ、これはなにかあったな、なんて慌しく家を出る行動とは逆に、頭は冷静だ。

いつもの公園に向かえば、ブランコに腰をかけている細い影が見えた。


「尚」


それほど大きな声を出さなくても、辺りも薄暗くなってきた今の時間帯ではそう人もいない。ていうか田舎も田舎だからまったく人なんて見当たらない。
ぽつぽつと並べられている街灯が、弱々しく光っているだけだ。そんな街灯と同じような雰囲気の尚は、普段見る彼とはまったく違って見えて少し不安になる。
駆け寄って、背は高いくせに細い肩に手を置けば、そうされるまで私が来たことに気づかなかったのか、尚は驚いたように顔を上げた。
そして、笑う。


「・・・久遠。悪い、急に呼び出して」
「・・・・・・ほんとだよ、電話に出たのが私じゃなかったらどうするつもりだったの?」
「わかるさ、なんとなく。・・・わかる」
「・・・ふうん」


座れば、と尚は隣のブランコの椅子の部分を手のひらでぽん、と叩いた。
そこに遠慮なく座って、尚に向き直る。
彼は私から目を逸らすように前方に向き直りながら、ポツリと呟いた。


「網膜剥離、だって」
「え、」
「せっかく水泳の面白さが身に染みてわかってきたってのに、なんだそれって感じだよ」


笑うのは、尚の癖のようなものだと思う。
楽しいときや、嬉しいときはもちろん、なにもないときも、・・・悲しいときも、尚は笑う。
私はそんな尚の代わりに泣くことなんてできないし、彼の口から告げられた衝撃的な言葉になんと言っていいのかも分からなかった。


「・・・治る、の?」
「治療したら、たぶん。それでもしばらく水泳から離れることになるみたいだけど」
「・・・・・・そう」
「ああ」


ただ、私にもできることがある。
尚は、前を見つめたまま口元に笑みを浮かべていた。


「尚」
「?」


何を言ったって無駄なことはわかっている。
尚にとって水泳がどれだけ大切かなんて全部は分からなくても一緒に過ごしていたら少しくらいは感じ取れたし、実際に夏也くんと楽しそうに水泳の話をしていたところも見ていた。
伝わらなくてもいい。私ができることは、これくらいしかないから。


「そんな情けない顔して笑うくらいなら、泣けばいいんじゃないの」
「っ、!?」


返事を聞かないままブランコから立ち上がって、尚の頭を抱きしめる。
銀髪の、サラサラな髪の毛を撫でる。
私にできる、精一杯のこと。

じんわりと濡れてきた肩。
尚、尚、苦しいね。
大丈夫だよ、も、なにも言えないけど。


「っはは、ごめん、久遠・・・っ」
「・・・ううん」


背中に回った手が、力いっぱい私を抱きしめる。
抱きしめる、というよりかは、すがっているかのような、そんな感じがして、胸の奥がツキリと痛んだ。

神様、もし貴方の存在があるなら、尚から。


「おれ、久遠が見えてるうちは、大丈夫だと思う」
「・・・それは、よかった」


尚から、世界を奪わないで。

瞼と感染症
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