「氷室先輩!」


その大きく膨らませた頬から連想される動物は、言わずもがなリスだ。
またアツシと何かあったのかな、というオレの想像は見事に的中する。二年生の教室だというのに怖気づくこともなく堂々とオレの前までやってきた久遠ちゃんは、小さな手でバン!とオレの机を叩いた。
オレを慕う女子の視線なんかも気にしない。そんなところがすごく気に入っているんだけれどね。


「また何かあったのか?」


あったもなにも!!といつものように続くであろう言葉を予想しながら微笑む。
そしてその予想も見事に当たることになった。伊達に相談相手をやってるわけじゃない。

部活の時に不機嫌なアツシを見るのも、少し楽しかったりするのだ。


「紫原が、あたしの知らない女の子に腕絡ませられてもそのままにしてたんです!!」
「・・・へェ、アツシが?」
「うそなんてつかないです!この目で見たんです!お菓子なんかもらっちゃって、嬉しそうにのほほーんと笑って!お菓子ならあたしがいっつもあげてるのに!」
「ちょっと声落として久遠ちゃん。みんなが見てるよ」


どうどうといさめれば、鼻息を荒くしながらも久遠ちゃんは一応大人しくなった。
でも、ここからが本番だ。この子は感情が荒ぶって怒鳴るだけ怒鳴った後は、必ず悲しげに眉尻をさげて泣きついてくる。


「氷室せんぱぁ〜い・・・っ、グスッ、」
「はいはい、よしよし」


手を伸ばして優しく撫でてやれば、彼女はされるがままであるが決して甘えるような行動はせずに流れる涙をそのままにしている。
そしてそれをいつもハンカチでぬぐってあげるのが、オレの役目なのだ。


「高校に入ってっ、くっ、クラスもはなっ、れて、部活も違うしっ、どんどんアイツの考えてること、っ、わかんなくなって、こっ、こわいし、さみしい・・・っ!」


・・・あーあ、せっかくの可愛い顔が台無しだ。
近づいてくる大きな足音に、この子は気がついているのかな。きっと気がついていないだろう。

オレは口角を上げて、頭を撫でていた手を止める。
その手を後頭部に回してそっと引き寄せれば、ざわめく教室内。
覗いた大きな紫の頭は、驚いたように眠そうな目を見開いて、そしてすぐに不機嫌そうな顔になり、大股で近づいてきた。


「ぅえ、氷室せんぱ」
「久遠っ!」
「う、わ」


そして、アツシは大きな手でオレから久遠ちゃんを奪っていく。


「室ちん、いくら室ちんでもこの子に手ェ出したら捻り潰すから」
「わかってるさ、手なんか出さない。そんなことしたらアツシが怖いからね」
「え?あれ?紫原、え?」


混乱している久遠ちゃんは、オレを睨んだままのアツシにひょいと担がれる。

心配することなんてひとつもないんだよ。
ただ少し不器用なアツシのことだから、きっと彼女を妬かせたかったに違いない。


「久遠も!気に障ることがあったんならオレに言えし!」
「だっ・・・て、紫原が!・・・っうええ〜・・・!」
「あーもー泣かないでよ馬鹿、ごめんってー」


まったく、手のかかる後輩だな。
ほほえましい光景を見ながら、そろそろここが二年生の教室だってことを教えてあげようかと腰を浮かす。


かけ違えたボタンの重さに泣くのは明後日の君かな
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