「久遠さん、あの・・・大丈夫ですか?」


恐る恐る声をかければ、彼女は小さく頷いて乱暴に目元をぬぐった。
ああ、そんな乱暴にすると赤くなってしまう。慌ててハンカチを取り出して差し出せば、久遠さんはパチパチと目を瞬かせて「・・・ありがと、」と薄く笑った。


「・・・似鳥くん」
「はい?」
「わたし、結局・・・、」


久遠さんが言わんとしていることは、すぐにわかった。
僕だって口ではなんでも言えるのに、結局松岡先輩の気を悪くしただけで力になれなかったのだから。
でも、彼女は違う。それは絶対に言い切れる。
たくさんの努力をして先輩を支えようとしていた久遠さんに、事実先輩は支えられてたと思う。いや、支えられていたのだ。

・・・だからこそリレーのメンバーから外されたときは倍悔しかったのだろう。


「久遠さん、僕、ある程度の時間を先輩と過ごしてきたからわかるんです」
「・・・?」
「彼は、人より少し不器用で気持ちをうまく伝えることができないから、わかりづらかっただけで。松岡先輩を支えてたのは、正真正銘、―――」
「久遠!!」
「っ・・・!?」


突然耳に入った聞きなれた声に、二人同時に肩を揺らす。
息を切らした松岡先輩が階段の上に立って、久遠さんを見ていた。
その後ろには岩鳶のみなさんの姿もある。
僕以上に驚いている久遠さんは、ただポカンと口をあけて見上げていた、その目から溜まっていた涙が一筋、零れ落ちる。

瞬間。
大股で一気に近づいてきた松岡先輩は、その大きな手を伸ばして久遠さんの体を引き寄せ、抱きしめた。
・・・っえ!!?


「お前がいた」
「え、り、りん・・・?ちょっ、」
「お前が見えた」
「なに言って―――」
「リレーで俺達が見た景色の先に、お前がいた。お前が、俺に・・・俺たちに手を差し伸べて、だから、一秒でもはやくその手を取ろうって」
「・・・っ!」


突然の出来事に頭が追いつかない、けど、心の奥底で僕は安堵のため息をついた。
結局久遠さんは、松岡先輩の言葉ひとつ、それさえ聞ければいいのだ。
僕が何を言ったって、きっと自信なさげに笑うことしかしなかったであろう彼女は、松岡先輩の言葉をなによりも欲しがってた。

だから先輩が言ったでしょ。
久遠さん、貴女はなにもできない人じゃない。必要とされない人じゃない。

貴女は―――


「俺にも見えた。あの大会の日も、見えてた。久遠にあの景色を見せてあげられなくても、俺は久遠がいたから、がんばれた」
「ね、言ったでしょ?久遠は、口だけの人間じゃないってことくらい、何年も幼馴染みしてる俺とハルにはわかりきってることなんだ」
「むっ、マコちゃんそれはちょっと語弊があるよ!僕だって久遠と何年もスイミング仲間してきたんだからそんなことくらいわかりきってたもんね!」
「遙・・・真琴、渚・・・」


松岡先輩の腕の中で、久遠さんは唇を震わせる。
今日一日で、彼女はいったい我慢してきた涙のどれだけを流したのだろう。
止まったばかりの涙をまた流し始めてしまった彼女の傍に、岩鳶のみなさんが駆け寄って頭を撫でたり、頬をつねったり。
彼女を抱きしめたままの先輩は、一向に久遠さんを離そうとしない。


「・・・っぁりがと・・・っ、!」
「・・・バーカ、それはこっちの台詞なんだよ」


そう言って先輩は、彼女の後頭部に手を回して力強く抱きしめなおした。

なんだか、本当に、素敵な仲間だな。
・・・素敵な、絆だな。



一件落着、ってことでいいのかな・・・?
あの後、公衆の前で泣いて抱き合って、まぁその前にもリレーの件で色々やらかしてしまってた先輩は部員全員の前で部長に謝り責任を取って退部するとかなんとか言ってたけど、それは部長の寛大な心の前に許された。


『その代わり、だ。もうそいつ泣かしたりすんなよ。あとあのリレーで見せたお前の力を、今後鮫柄のために使うことを約束しろ』


あの時ほど、御子柴部長をかっこいいと思ったことはない。
いつもと違う人が隣に座るバスの中、通路を挟んだ隣に凛先輩とその肩に頭を乗せて眠る久遠さんの姿がある。
語彙力のない僕にはどう表現していいのかわからないけど、・・・スッキリ。そう、スッキリだ。本当に、スッキリしたなぁ。

眠る久遠さんを見つめる凛先輩の表情にはまだ、罪悪感が見て取れるけど、きっとそれを彼女は許さないだろうから。
眉尻下がってる凛とか気持ち悪い、なんて言いながらまたあの肝が冷えるような喧嘩が始まるのかな。

それを楽しみにするのも、少し違う気もするけれど。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -