泣いたのか、鼻の頭を赤くして戻ってきた楸は隣に座っていた部員に断りを入れてそこに座ってきた。なんというか、アレだな、うん。
世話を焼いてやりたくなるというか、こいつは本当に手のかかる妹みたいな奴だ。
詳細を聞く気もなかったし聞いたって言わなさそうだったから、無言で頭を優しく叩いてやれば、いつものように怒るわけでもなく俯いたまま顔を上げなかった。
・・・ったく、


「シケてんな」
「・・・」
「・・・・・返事くらい寄越せ、お前ホント手のかかる後輩だなァ」


さっき自分の荷物を持ってどこかに行ってしまった松岡から察するに、きっとあいつを止められなかったに違いない。
似鳥でも駄目で、楸でも駄目となると、オレが何を言っても無駄なのはわかっていたからわざわざ声をかけるような事はしなかった。
意外だったのは、あいつが楸の手までも振りほどいてしまったという事実だ。
あれだけ大切に、他人(というか男子)を寄せ付けないように威嚇していた松岡が、楸を拒んだのだから。

ショックは、まぁ、大きいだろうな。
この結果を招いてしまったのがオレ自身だとしても、それを楸は理解していたとしても、こいつは八つ当たりにオレを責めたりすることはしないのだろう。
こいつはそういうところでも不器用な奴なのだ。


「・・・・・・・・・・・部長」
「なんだ?」


楸のこの表情は、何度も見てきた。きっと、松岡よりも多く。
苦しそうな、悔しそうな、そんな顔。

俯いたまま、この歓声の中で聞こえづらい小さな声でも、オレには届いた。


「わたし、やっぱり」


言い切る前に、オレはその口を手のひらで覆う。
その言葉は前にも聞いた。けど、そんなことはないと今でも思っている。
どう見たって、あいつにはお前が必要なのだから。

馬鹿だなぁお前らは。本当に。


「お前はお前にできることを、ちゃんとやったんだろ」


楸の瞳からあふれ出した涙が、オレの手まで伝って膝の上に落ちた。

あーあー、こんな公衆の場でボロボロ泣くな泣くな。
オレが泣かしてるみたいになっちゃうだろ!
なんて思いながらプールに視線を戻せば、第二レースが始まろうとしていた。岩鳶の奴らがギリギリで駆け込んで来ているのが見える。


「お前の幼馴染みだろありゃぁ・・・って、は!?」
「・・・・・・・・・・・りん」


始まりの合図が鳴り、一斉に泳ぎだした各コースの選手たちに混ざり、幾分かすっきりした顔で立つ松岡の後姿があった。
なにしてんだあいつ・・・!戻ってきた似鳥を見る。似鳥も驚いた様子で台に立つ松岡を唖然と見つめていた。

・・・何がなんだか分からんが、つーかアイツめちゃくちゃ速くないか。

あっという間にアンカーの七瀬が台を蹴って飛び込んだ。
はっとして楸を振り返れば、止まることを知らないかのように、涙を溢れさせている。
松岡といい、楸といい、今年入部した奴らはほんとーに訳が分からん!
が、まぁ退屈はしないのでよしとしよう。
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